Episode31

 ローラの話は結果として役に立った。


 まずは僕のギルド「ディル」について、冒険者にとってなにが良きものになっているのか。改悪にならないためにそれを理解する必要がある。


「うーん、助けてもらったことがあんまりないんですよね。受付待ちのときに使う椅子の数に不満があるわけじゃないですし、査定が酷いなって感じることもなかったですし、でも、これが良かった! って言えるのが思い浮かばなくて……」


 それもそうか。良い点を見つけるのが難しいから人が集まらないわけで、ここを活用したい、これがあるから討伐を頑張りたいと思わせられるようなものがあるはずがないんだ。


 もちろんこれはあくまでローラという一例に過ぎないかもしれないが、それを無理にでも探す必要はないだろう。


「あっ、でも、受付のお姉さんたちも査定のお金をくれるお兄さんたちも優しいなぁって感じですね。一回冒険者カードを忘れちゃったことがあったんですけど、取りに帰って戻ってきたら優先してもらえましたし、私がドジってもすこしも嫌な顔しないでいてくれるので」


「それって、ずっとそう感じてる?」


「ですね。1年間徐々に悪くなっていったなって感じたことはないですよ」


 問題あり想定の2人もそういう態度でいるのは仕事量が少ないからという可能性がある。今は心に余裕があるから客人に対してより寛容になっているとしたら、僕がこれからギルドを良くしていくうえで妨げになってしまうかもしれない。


 簡単に彼女らを解雇する気はないが、現状を作りあげた一因となっていることはたしかなんだ。


 そこの見極めはミスのないように慎重に行っていくと心掛けておこう。


「じゃあ、悪い点もお願いしていいかな?」


「そうですねー、悪いってすこし難しいですね」


 曖昧過ぎるか。さっき態度や査定に文句はないと言っていたものな。


 ギルド自体が若い分清潔さに欠けることはないし、不備が生まれることもあまりないだろうし。


「じゃあ、ギルドにこれがあれば討伐により意欲がわくのにとか、なにか設置するならこういうのを置いて欲しいみたいなものはあるかな?」


 残念なことに冒険者になれなかった僕には実際の感覚が分からない。


 何を必要としているか、それを知ることで意欲を掻き立てられるなら実行すべきだ。


「そういうのでいいなら、査定表みたいなものが欲しいです。これは何テルですっていうのがあれば、やりやすいかなって」


「品々には高騰する時期があれば、冷える時期もある。その差分を記して把握してもらうのはこっちとしてもいいかもね。以前は50テルだったのに、今回45テルなのはおかしいと言われなくて済むだろうし」


「そうなんです。そこが私も困ることがあって。私たちに決められたお給料ってないじゃないですか。自分で稼がないといけないのに、その計算が出来ないんです」


 そういう事情はスルー出来ないか。ただ、金額を知ることでローラが発見したモンスターの取り合いが発生してしまう危険性があるのも無視してはいられない。


 実現には管理局との打ち合わせをして進めていった方がいいだろう。ギルドの個性とするには責任が大きすぎる。


「それは検討するとして、他はどうかな?」


「んー、あとはものじゃないんですけど、もうちょっと討伐依頼の種類が欲しいなーってときはありますね」


「やっぱりか……」


 これはサポート体制の整備と並んで優先事項としていること。


 冒険者側からも一つ意見が出てくれたのは有難い。難癖ではないと証明できる。


「ありがとう。それだけ、ここに君が発言したとサインしてもらってもいいかな?」


「えっ、まあ、はい」


 急な要求に戸惑った様子を見せてきたけど、サインはしっかりとしてくれた。


 と、そこで壁掛け時計が鳴る音がした。


「ああ、もう0時か。さすがにこれ以上は明日に影響が出かねないし、ローラも大変だろうし、話しは一旦ここまでにしよう」


「私、役に立てましたか?」


「当たり前じゃないか。情報が出ていなかったらここまで求めることもなく寝るつもりだったから。良ければ、これからはギルドに来たときに不便な点がないか考えてみて欲しい。それでなにか見つけたら報告してくれ」


「私で良ければ! まあ、それまでちゃんと生きていればの話なんですけど……」


 そうか、この子はまともな生活を送れてはいないんだった。


 特別この子じゃなきゃいけない理由はないけれど、扱いやすいだろうしな。利用価値を考えれば、条件を付けてもいいかな。


「ひとつ、提案がある。さすがに宿を提供してやることはできないけど、情報を提供してくれたらちゃんと報酬を渡すよ。君の家族の分の食料を、情報の有用性と比較してね」


「本当ですか⁉」


 うぉっ⁉


 今までで一番食いつきが良いな。本当に家族のことが心配なのだろう。事情はまるで違うにしてもその気持ちはよくわかる。


「あ、ああ、約束だ。もし信じられないなら君にお願いしたみたいに、僕もサインするよ」


 僕の言葉に表情がより明るくなっていく。


 これはギルドの成長に向けて必要な駒をひとつ獲得できたみたいだ。

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