Episode32
ローラとの会話を終えて彼女は先に、僕は夕食の洗い物を済ませてから部屋に戻る。
明日の予定を組んで眠りにつこうと思ったけれど、如何せん季節の関係もあり適温の室内、落ち着いた雰囲気のあるシックな内装にふかふかのベッド。蓄積されている疲れも含め、僕の睡眠欲を引き出す要素が揃っていた。
ベッドに腰を落としたと同時に身体を預ければ自然と瞼が閉じていく。
「おやすみ……」
◇◇◇◇◇
翌朝、若干の疲労感は否めないものの、気分の調子は良い。身体も必要なだけは動く。
さて、昨日の話を踏まえてサポート体制の仕組みや受付スタッフのディエドスタさんとウォードマンさんとの話し合いについて優先事項は後者に決めた。
サポート体制を敷くにはもうすこし冒険者からの情報を集め、必要な策を打つべきであると判断したから。
ミルにそう説明すればいいだろう。
「朝、早いんだね、ローラ」
部屋から出て洗面台のある部屋に向かう途中、ちょうど客室から出てきた彼女と会う。
目覚めてしまったという方が似合うくらいの寝ぼけ顔。
「ふぁぁ、おはようございます。いつもこの時間じゃないと、学校に向かぁう、弟のお弁当を作るのに間に合わなくて」
欠伸までして普段から頑張っているのか。大変だな。
「偉いね」
「いえいえ、これでも一応一番上なので」
とは口で言っているけど、すこし照れくさそうにしているのが丸わかり。
「そういえば、ローラも育成学校に通っていたんだよね?」
「はい。ちゃんと卒業しましたよ!」
まさか疑ってませんよねと表情で付け加えられている。
ただ、僕が気になっているのはそこじゃない。彼女は19歳で今年20歳になる僕の一つ下。つまりは学生時代の僕を知る人間となる。そのことを昨日の査定中にふと思った。
顔が別人になっていたとしても声は同じ。それなら気付かれてもおかしくはないんじゃないか、とも思ったが、それなりに年代関係なく交友のあった僕がローラのことを覚えていないのだから説得力がないのもたしか。
「わかってるよ。そういう話じゃなくてさ、僕も元々はそういう道を目指していた者だから、実際に行っていた人の話が気になるんだ。同級生でも他学年でもいいんだけど、気になる人はいなかったの?」
一応僕は話題のひとつになるような実績を積んでいた。そんな人が卒業後不運な事件に巻きこまれ死んでしまったとなれば、多少記憶に残ると思う。
そのこと自体は仕方ない。国王もわかってやったことだ。ただ、鮮明に残っているならそのときはローラとの付き合いを控える必要がある。昨夜の約束をする前に聞いておくべきことだったな。
「もちろんいましたよ。同級生の優等生クリスティーヌさんは、たまにクト家の方が視察しにくるくらいの実力の持ち主で、いつも輝いていましたし、やっぱり私たちの憧れと言えば勇者のリーネさんですし」
どっちも僕にも当てはまるな……。あと、リリアさんは僕だけが目的だったと悟られないためかどうかは知らないけれど、僕が軟禁されている間も学校に行っていたんだね。
「あとは……気になるというか苦手だった人なんですけど、ベネローズさんっていいう一つ上の先輩は怖かったですね。凄く熱い方で、一度合同練習で同じ班になったときのことが忘れられなくて」
懐かしい名前だな。僕らの年代では2番目に強かった。大会の決勝で何度剣を交えたことか。
彼はどう見ても筋肉命の熱血系だったもんな。ローラにイライラしてるところが容易に想像できる。もちろん本気で怒っていたわけじゃないんだろうけど、常に迫力があるからそう見えても仕方なかったのかも。
「交流の少ない私だったので、印象に残っていたのはこの3人くらいですね。あっ、それと――」
心臓が反応する。
「――ベネローズさんより強い人がいたんですけど、名前までは覚えてなくて。あんまりその人のことで話すことがなかったんですよね」
ふぅ……安心した。
「そうなんだ。まあでも、今聞いたなかじゃ、クリスティーヌさんのことが気になるね」
なるべく僕から遠い人の名をあげて話を逸らす。それからは適当に続けてダイニングに入り、ミルの用意してくれている朝食を食べ始める。
その間、考えていた。
……死んだ人間のことは忘れていく。人は自然とそうなるらしいから、僕のことを覚えていなくても不思議じゃなかった。特に死後数日は盛り上がっていても、そこから1年学校生活を送っていれば新たな記憶が多く収納され、たった一人の死んだ男のことなんて端に追いやられるものだろう。
それで良かったと思う反面、それこそライバルであったベネローズや僕の憧れでもあるリーネさん、仲の良かった同級生たちにも忘れられているのかもしれない。
母さんや父さんはどうだろうか。顔を見れなくなってから2年。
僕の死をどんな風に捉え、心に刻んでくれているのだろうか。
たとえ家族だとしてもいつかはこんな感じだったはずと、思い込みでつくられた僕の声を再生しているだろうことに寂しさを感じながら朝食を食べ終えた。
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