Episode24

 ミルがあげた声に目がつられる。おかげで終業時間にも関わらず飛び込んできた冒険者の女の子に蔑みを見せずに済んだ。


「なんだい、ミル。まさかこの子に流されて、査定しろだなんて言う気じゃないだろうね」


「そのまさかです」


「はぁ……」


 溜め息くらいついても許されるだろう。


 僕は一秒でも早くこのギルドを成長させ、順位を上げ、名声を得て国王を納得させなければならない。それは僕のためではなくて、人質に取られてしまった家族や故郷の皆のために。


 それを君もわかってくれているはずなのに。


「実力不足が招いた貧しい生活を送る冒険者に同情なんてしている暇はないんだよ」


「それはどうでしょう? あれが気になりませんか?」


「ん? 何を言って――」


 っ⁉


「ヒースなら一目瞭然ですよね、あれがなにか」


 驚きを見抜き、ミルの声に調子が乗る。


 その気持ちも理解できる。だって、彼女の指さす先にある手持ちの袋に入りきらずにそのまま持ってきたのであろう巨大なそれは、ドラゴンの尾。


 依頼ランクAの最上位モンスター。暴力的な力と受けた者の骨まで燃やし尽くす炎を持つ凶暴な存在。


 でも――


「君、カードを見せなさい!」


「ひっ!」


「このギルドにAランク冒険者はいないはず、もしBランク以下で討伐依頼を受けたならそれは規約違反だし、そもそも挑戦すること自体無謀だぞ!」


「ご、ごめんなさい!」


 詰め寄る僕に怯えて頭を下げる彼女。しかし、それで許されるようなことじゃない。


 規約違反ならそんな冒険者がいるという事実が評判に関わるから見逃せない。


「ダメだ! 早く見せるんだ!」


 一歩さらに詰め寄る。


 僕の表情は険しくなっているだろう。


 目の前の彼女の目尻に涙が溜まっていき、今にも溢れてしまいそうだが一切同情する余地はない。


「それとも君のお望み通り今から査定をしてあげようか? そうすれば必然とカードを見せなきゃならないからね」


「ほ、本当にごめんなさい! でも、私が倒したわけでも依頼を受けたわけでもないんです!」


「じゃあ、なんだ。急にこれが目の前に現れて、誰も持ち主を主張する人が来なかったから持って帰ってきたとでも言うのか?」


「まさにその通りなんですっ!」


 何バカげたことを言っているんだ、この子は。


 怒りを通り越して呆れがやってくる。なんだか哀れみすらも感じるようになってきた。


「わかった、わかったよ。まあ、依頼を受ける以前にAランクのいないこのギルドにそんなものは来ないから規約違反の方は大丈夫だと思っていたけど。その辺の話は聞いておかないとだし、しっかりと規約諸々の話を聞いてもらうよ」


 もうお客様としての敬語は出ない。ここからは大人と子供の時間だ。


 ダメなものはダメ、それがなぜダメなのか、しっかりと記憶に刻んであげよう。


「場合によってはあれの査定額を君が受け取れないこともあるからね」


「は、はい……わかってます」


「それじゃあ、荷物を持って査定室においで。ミル、これ以上人が入ってこないように扉のロックを掛けておいて欲しい」


 ミルは外にある竜の尾を再度指さし、問うてくる。


「どうやって運ぶおつもりですか?」


「ああ、それくらいなら」


 扉を開け、歩いて近付いていく。


 久しぶりにこんな大きいものを持ち上げるなんて不安だけど――


「よっ、と」


 しっかりと両腕を入れてなるべく持ちやすくして抱き上げる。


「おお、さすがは……と言ったところですね」


 今、元冒険者とか元勇者とか言おうとしただろ。


「まあね。それじゃあ、君、ついてきなさい」


「は、はい!」


 彼女も驚いたようすでいたが僕の声に背筋を伸ばし、緊張した面持ちで後ろを歩く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る