Episode23
ミルが水と共に持ってきてくれた濡れたハンカチを額に乗せ、呼吸が落ち着くのを待つ。脈は徐々に整ってきたみたいだ。
「ただのあわてんぼうさんだったみたいですね」
「たしかに一大事には発展しないと思うけど、顔色は悪いままだし、女の子にしてはすこし痩せているように見えるから安心はできないね」
「こらっ、頑張って努力した結果かもしれないんですよ」
そんなわけあるか。柔らかそうに見える太腿に比べて頬がこけてる。
「ルーザー、今はふざけている場合じゃ――」
「しっ!」
僕の視線の先に気付いて声をあげようとしたミルを制す。
今、かすかに腕に反応があった気がする。
「気が付いたかも」
「ぅぅ…………ハッ!」
パッと起き上がったかと思ったら周囲をキョロキョロ見回して、僕と目が合った。
「キャァアアアアアアアア!!」
仰け反って見事に椅子から落ちる。
今のところ、叫んで倒れての繰り返しなんだけど。
「君、落ち着いたら?」
「ご、ごめんなさい……」
さっきまで座っていた椅子に寄りかかって申し訳なさ満載の表情とまだなにもしていないはずなのにぐったりとした体勢でいる。
大袈裟に見せているようには思えないし、女の子とはいえ学校を卒業しているであろう身、体力がついていないなんてこともないだろうし、思った通り不調なのかも。
……ただ、それにしてもだ。
「急に倒れてからのことは別に構わない。むしろ、討伐に奮闘した証拠だろうね。よく見れば、足もとにすれ傷がある。苦労したのかな。でもね、もう終業時間なんだ。今日のところは家に帰り体調を万全にして、また明日来なさい」
「えっ?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろうか。困惑がまるわかり。
「当たり前だろう。もう一度言うが今日は終業なんだ。新たな査定依頼は受け付けない」
「ちょ、ちょっと待ってください。いいじゃないですか、見てあげれば」
ん? どうしてミルが止めるんだ。
「なんだい? そもそもこの子を介抱しようとしたせいで、大事な今日の予定が全て台無しになったんだ。これ以上の遅れは取りたくないし、査定が一日ズレた程度で問題はないだろう」
「そんな、お、お願いします! 査定をしてください!」
至極真っ当なことを言ったつもりなんだけど、引き下がらないのか。それともミルが味方をしてくれそうだから押しているのか。
まあ、決定権はギルド長である僕にあるわけで、結果が変わることはないんだけどね。
「ダメだよ。ルールは守り続けることに意味があるんだ。そんな簡単に、しかも施行した側が破ることを認めていちゃ示しがつかない」
「そこをなんとか! お願いします!」
あーあ、頭なんか下げちゃって。そこまでして今日にこだわる必要がなにかあるのか?
「私、今日お金貰えないと三日連続で野宿なんです!」
「は?」
そんなことあるわけ――
「ほら見てください、この傷! 昨日外で寝たせいで枝が擦れたんです!」
――そんな理由だったのか!
「それにご飯も毎日最低限も怪しいくらいの量しか食べれてなくて……」
こっちはまあ、予想通りだけど。
でもダメダメ。ルールはルール。たとえ硬すぎる頭だと言われようとも就任初日からイレギュラーなんて起こしてたまるものか。
「あのね、同情の余地はあると思うけど、それはそれ、これはこれなんだ」
なるべく優しい声色で説得に試みる、も、目が潤いはじめたよ、この子。
あー、もうしつこいなあ。自分の力不足がもたらした結果だろ。学校で3年間真面目に勉学、鍛錬を励んでいればルーキーランクなんて一年もあれば十分クリアできる。
才能がどうとか、男女の体格の違いとかは関係ない。それだけのものがあそこで身につくはずだ。
それをどこかで手を抜いていたのか、卒業後余程ぐうたらな生活を送っていたか、もしくは別のなにかかはわからないがそれら「普通」を問題なく行えるはずの人間が全うしなかったら、普通の生活を送れないのも当然のこと。
「はぁ……」
深いため息と共に蔑みの視線を彼女に向けようとしたそのとき。
「ストップ!」
ミルの声が僕の表情を変えさせた。
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