Episode14
叔父である国王を睨むミルの手を引っ張り、隣に戻す。
どうして、と目で訴えてきたが首を横に振って静かに制する。
彼の冷めた態度が彼女の越えたことないのない一線を跨ぐきっかけになりそうだった。今更、こんな人間に感情を燃やすなんてもったいない。
「
「物わかりが良くて助かる」
「そもそも僕は拒否する権利を有していませんから。結局は受け入れるしかないのであれば、無駄な気力を使いたくないだけです」
嫌味の含んだ言葉に国王は大きく口を開けて笑い声をあげる。
「ミルがお前を選んで良かったな。これから良い報告のみを耳にすることができると期待しているぞ」
「どうぞ、お楽しみに。ただ、そのためにひとつ提案があります」
「なんだ、言ってみなさい」
どうやら意見を出すことは許されるみたいだ。
「目標を達成するためにどんな策を練るのか、人道を踏み外すようなことをしても構わないと約束してください。もちろん、国王を倣って後の始末は完璧に済ませます」
「ふっ、好きにすればよいではないか。いらぬ口出しはせんよ」
「それなら良かった。では、僕達はこれにて失礼します。ミルと新居へ向かい、明日の準備を始めなければなりませんので」
軽く礼をして背を向ける。
ミルは未だに感情の整理がうまくつかないのか、黙り込んだまま僕に引っ張られるように部屋から出た。
最後に国王が言葉を掛けてくることはなく、リリアさんが入り口まで見送りについてくる。
門兵が僕たちを見て敬礼する。彼らにとって僕という存在はどう映っているのだろう。あまり良くはないのかもな。
突如として現れ、唯一王室を継承することができるミルの婚約者という位置を奪っていったのだから。
「それでは、いってらっしゃい」
門を出た先にはあの日とよく似た馬車が待っていた。
その言葉に振り向くと、リリアさんが晴れやかな笑みを浮かべてまるで今日を祝福しているかのように手を振っている。吐き気を催すほどの気味悪さだ。
どうしても僕がエリエスタを出発したときのことを思い出してしまう。
「大丈夫、僕の隣に居るのは愛するミルなんだから」
小さく呟き、表情の浮かない彼女を先に馬車に乗せた。
そうだ、この光景……。
ふとあの時見た夢を思い出し周囲を見渡す。だが、好奇心に駆られた民からの視線を受けるだけでそこに母さんの姿はない。
むしろ良かったか。今会ったところであれが正夢になってしまうところだった。
「行先は聞いております。どうぞ、お乗りください」
御者の声に意識を元に戻す。
「ありがとうございます」
乗り込んですぐ、馬車は動き出す。
数分、門出でもあるというのにミルとの会話は0。彼女の表情の暗さはなにによるものだろうか。
僕より先に怒りを形に表してしまったことか、それとも僕が彼女を引かせたことへの失望か。それとも別の何かか。
なんにせよ、このまま新居に向かうのは今日という日を暗くしてしまう。
「ミル、ちょっとこっち向いて」
僕の言葉を待っていたのか、静かではあるもののすんなりとこちらに身体を向けてくれる。
そのまま抱きしめた。
顔は見えないけれど、困惑しているのが息遣いや触れ合う胸の鼓動から伝わってくる。これまで急にこういうことをしなかったからかもしれない。だからこそ、有効打になると思った。
「ありがとう。あのとき、僕のために怒ってくれて」
出来る限り彼女の頭を撫でて慰めるような優しい声色で本心を口にする。
「……いえ、なにも感謝されるようなことはしていませんよ。もしあのとき、叔父様が機嫌を損ねてしまっていたら何が起きていたか、わかりません」
声が衰弱している。心のなかで生まれた自責の念によって。
たしかにそうなってしまった結果、僕の人質の誰かに不幸が訪れていたかもしれないし、課される目標に足枷をつけられていたかもしれない。でもそれは考え得る限り低い可能性の話。
「本当に、ごめんなさい」
そういう悲観的な思考になってしまうほど、ミルは僕のことを思ってくれているわけだ。
「わかった。その謝罪を受け入れる。だから、僕も謝らせてくれないか」
「貴方が謝ることなんてなにも」
「いや、僕は昨夜のことがありながら、まだ心のどこかでミルのことを信頼しきれていなかった」
彼女の息遣いが聞こえなくなる。
「もしかしたら、あの部屋のなかで僕の求めるミルを演じているだけかもしれないとか、国王やリリアさんに逐一僕の心身のことを報告しているかもしれないとか、日が経つにつれそんなことはないと思いたい気持ちが強くなってそれらに蓋をしていたけれど、あくまで隠していただけだった」
夜、暗い部屋でベッドに横になったとき、奥深くにいる疑念が耳障りなくらい頭のなかでこだましていた。
無理に否定ばかりするから無意識に考えるようになってしまっていたんだ。
「だから、ミルが叔父である国王にはっきりと反抗の意思を見せたことに驚きと喜びを感じた。唯一の僕の味方だと確信できた」
「そんな…………」
擦れてそれ以上の言葉は聞こえてこない。しかし、僕の背中に回された彼女の腕には力が込められている。
僕らは互いに求め合っている。ゆえに、僕も力を込めた。
「そんな今だからこそ、僕は自信を持って言うことができる。ミルが僕の婚約者で良かったってね」
決して聞き逃しのないよう耳元に口を寄せて伝えた。
数秒の静寂の後、しゃくりあげるような泣き声が聞こえてくる。
ミルのなかでこれまで持っていた自責が僕の言葉によって生まれた感情と混ざり合い、高低差の激しい波に襲われ、涙が出てきているのだろう。
それ以上は言葉にせず、ゆっくりと進む馬車のなかで彼女の背を撫でながら落ち着くのを待ち続けた。
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