Episode13

 今日、僕たちは脱獄のできない監獄から放たれる。


 2年の月日を過ごしたせいか、この部屋に愛着が湧いているのは否めない。小一時間を使い綺麗にした。


「おはようございます」


「おはよう。あれ、その服新しいの?」


 部屋に入ってきたミルは黒のドレスを着ている。大抵は淡い色のワンピースだった。


 それが髪色やおしとやかなところに合っていると思っていたけど、これはこれで綺麗な彼女でなくなったのだと思えて良い。


「この宮殿の匂いを私たちの家になるべく持っていきたくなくて。貴方のものも用意してるんですよ」


 扉の外に置かれていた袋から取り出されたのは黒のコートとズボン、それから白いシャツ。


 それらを受け取り、着替える。気持ち新たに、これからが楽しみだ。


「それじゃあ、行こうか」


 これから国王の元へ向かう。喜びの別れの挨拶だ。


 ミルと並び歩き、2年も住んでいたはずなのに初めて見る廊下の景色に時折意識を奪われながら仰々しい装飾の施された扉の前にやってきた。


「硬くなりすぎないように」


「いい緊張感を保てているよ。2年前ならあの顔を見た瞬間に殴りかかっているだろうけどね」


「もし、この後にそうなってしまったら私も加勢しますよ。それこそ誰か分からなくなるくらいに、顔を変えてあげましょう」


 冗談を言い合ってクスッと笑えるくらいには心に余裕がある。


「何をお喋りになられているんです?」


 スッと後方から現れたのはリリアさんだ。今日もボディラインがよく分かるスーツ姿だ。というより、これ以外見たことがない。


「おはようございます。緊張をほぐしていただけですよ。ねえ、ミル」


「ええ、たわいもない話です。お気になさらずに」


「そうでしたか。では、なかに入りましょう」


 リリアさんは僕らの前に立ち、ノックする。


「入りなさい」


 久方ぶりに聞いた声には変わらず、重たい圧力を感じる。


 もし僕が一人でいたならば、早くも心で一歩後れを取っていたかもしれない。でも、僕にはミルがいる。最愛の婚約者がいる。


「「失礼します」」


 リリアさんによって開けられた扉。その先には貫禄を存分に纏う国王が玉座に座り、こちらを見つめている。


 僕たちの門出を祝う気でいるみたいだ。表情は明るく、彼の前に置かれた椅子に座るよう促している。


「いえ、結構です。すぐに出ていきますから」


「そうか。まあ、それもいい。君が私のことを好いているわけがないからな。それくらいの無礼は許してあげよう」


 それでも自らも立ち上がり、決して僕より下の位置にいないところはさすがこの地位にいる人間だとある意味感心させられる。


「では、私からの話も手短に済ませようか。今一度確認しておくが、おまえの成すべきことはギルド長として名声を上げ、ミルの婚約者であることを世間に認めさせること。そうして、ライオネスの名を継ぐことだ」


 それを達成するための2年間の勉学。とはいっても、僕が任されるのは世界ギルド順位80位の弱小ギルドだ。

 冒険者のランク分布はルーキーと最低のDランクが8割を占め、最高がBランク1人。


 ハッキリ言って望みを叶えさせる気があるのかないのか分からなくなるくらいには酷い。ポジティブな要素を見出すとすれば、成果に対して得られる名声は高いだろう。ゆえに確実に良化していくのが無難と見ている。


「2年が妥当だろうな」


「はい?」


 ちょっと待て。このジジイは今、なんていった?


 まさか2年でそれを全て成し遂げろという意味じゃないだろうな?


「リリアの報告によれば、既に処置のことを耳にしていると聞いていたが違ったか? それともこの意味が理解できないと?」


「後者です。現状、国王が危篤であるという話は伝わっていませんから、2年に拘る必要はないと考えているのですが……」


 それに僕の死と整形のことがどう関係しているというのか。


 しかし、国王は嘲り笑うかのように、僕を、僕の顔を指さした。


「何を言っている。ヒースの消費期限の話に決まっているだろう」


「どういう意味ですかっ!」


 声を荒らげたのはミルだ。


 一歩前に踏み込み、国王を睨みつけた。爪が食い込みそうなほど力強く握られた拳が怒りの頂点に達していることを証明している。


 このままでは本当に手を出しかねない。


「必要なのは名声だと言っただろう。だが、誰もが得られるようなちっぽけなものはいらないんだ。短い期間に得たその価値は格段と跳ね上がる。成し遂げたことが偉業であればあるほどな」


 ただそれでも、国王はまるで動じず、恐らく初めて表立った反抗の意を見せたであろう姪をちらと見るだけで話を続ける。

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