Episode15

 いろいろと短時間に感情の起伏が激しくて疲れたのか、ミルは休むと言って自分の部屋で寝た。


 荷物は既に運ばれていて生活必需品は一通り揃っている。内装も外装も控えめな煉瓦造りの平屋だ。


 玄関前には小さな門があって多少の防犯は施されている。


「僕の部屋はここか」


 玄関から直線に伸びる廊下は一点で十字にわかれる。そこを右に曲がって奥、玄関側の部屋が僕の個室みたいだ。


 この感じだと大きさはそれなりにあるな。まあ、ただのギルド長でなくて国王の姪と同棲しているのだからこれくらいはないと示しがつかないか。


 なかに入る。


 ベッドと本棚、それから服がずらりと並ぶクローゼット。そのどれもが初めて見るものだ。多分、ミルが僕を意識して買いそろえてくれたんだろう。


 そう思うと愛着もすぐに湧いてくる。


「部屋着に着替えて早速資料の確認を始めますか」


 明日から初出勤日。当然、皆の上に立つものとしてミスは許されない。新米なんて言い訳も通用しない。


 僕に求められるのは完璧だし、僕が追い求めなければならないのもそれだ。


 仕事用の机の上には資料の束が置かれている。軟禁中にまとめたものが殆どであったが、どうやらミルが個人的に集めてくれていた情報があったらしい。


 ギルド「ディル」に関する報告書と題されたものが共に積まれていた。


「なるほど。現職員の情報と視察結果か。これは頭に入れておいた方がいいだろうな」


 袖をまくる。


 机に向いて椅子に座り、ページを一枚一枚捲っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ん……あれ、寝てしまったのか」


 外はもう真っ暗だ。夕方頃まで起きていたのは覚えているんだけど……。


 あれ、背中にブランケットが掛けられている。ミルがしてくれたのかな。


「リビングに行こう」


 部屋から出てそちらの方を向けば明かりが見えた。


 歩いて近付いていくと良い香りが匂ってくる。


「おはよう」


 扉を開けた先でミルが鍋をかき混ぜていた。


「香りで起きちゃいましたか?」


「そうかも。それよりミルのことの方が心配だ。もう落ち着いたの?」


「おかげさまで。私が手を出さないようにと言ったのに、カッとなってしまいました。それに貴方ルーザーが止めてくれたのを何故か絆が一瞬切れたように感じてしまって。ごめんなさい」


 謝れているのは良いことだし、僕と違って国王とは多くの時間を共にしていたことを考慮すれば仕方ない。


 とにかくミルの表情に暗さが残っていないみたいで良かった。


「ううん、ミルが元気を取り戻せてくれたらそれで十分だよ。お腹がすいているから早くそれを食べて、そこからギルドについてのことを話そう」


「そうですね」


 共に微笑む。こういう時間を幸せと感じられるのは、これからの僕の支えとなるだろう。


 小一時間で談笑と食事を終え、部屋から先程の資料の束を一通り持ってくる。


「よし、始めようか。まずは現状の把握からだ」


 すこし寝たおかげか身体の気分は良い。


 今日は長くなりそうだ。

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