Episode9
ヒース・ライオネス、それが僕か。
自然と受け入れられている。名が変わるということは想定内だったからだろう。
国王の姪の婿入り。姪だからこそ、僕は国王の養子となるのだと思っていた。
まあ、どちらにせよ僕の経歴は邪魔になる。
どれほどの実績を上げようが結局は田舎者。それでは王室にふさわしくない。現状、殆どの国民から支持されている国王ならなおさらだ。
それなら実績を上げる前に経歴を与え、あとは名声を稼げば問題ないという状態に持っていく。その方が僕にも余裕は生まれるから失敗しにくい。
「悪くないね。でも、もう国王の名を貰っていいの?」
調子の明るい僕にミルはホッとしたのか、息を吐いた。
彼女が言ったように彼女が僕を殺し、苦しめているのはたしかだ。でもそこを責める気がすこし薄れている。だから、言葉も丸くなる。
被害者が自分だけだというのはあまりに自己憐憫がすぎる。ミルの国王によって定められたなかで生きてきたこれまでを考えれば、そう思うのも不思議じゃない。
「この一件に関与する人間を減らすためにも、そうした方が都合が良かったんだと思います。ですから、もし2年後、外に出て誰かに名を聞かれてもライオネスではなく、ヒースと答えてください」
「なるほど。わかった」
だが、これで僕の死が完全に解明されたとは思えない。
「他にも処置はなされているはずだよね。母さんが僕を死んだと勘違いしているのはあくまで夢のなかの出来事でしかないけど、もしこの先同じ状況になったとしても結末はたいして変わらないんじゃない?」
「ええ、そうですね。貴方の格好を見れば、なにを使ったのかは一目瞭然だと思います」
確認する。
当然知らない部屋着だ。別に今知ったわけではないとはいえ、ここまで気にすることもなかったから改めて考えてみると僕が捕らえられたときに着ていた服が見当たらない。
立ち上がって部屋のタンスを開く。パッと見渡してみてもその姿はなかった。
「死を偽装したのか。使ったのは僕の服と……あのときいた雇われ人か。秘密の共有者を極力減らす目的も並行して進めることができるものね」
「誰を使ったのかは聞かされていないわ。でも、間違ってはいないはず」
「なら、母さんも僕だと認識するほかないだろうね。嘘を真実と信じ込まされて、気を病んでしまわないか心配だよ。もちろん、父さんも村長のヴァンヘルムさんも」
僕を冒険者育成学校に通わせなければと、自らを追い込まないで欲しい。
その確認もさせてもらえないのは辛いな。
「一応は、リリアさんが定期的に報告をしてくださる手筈です。こういう言い方を貴方の前ではしたくないけれど、ご両親がいなくなってしまうことが叔父様にとって最大の不安要素だから」
「そういう裏事情があるとわかったうえで報告を聞くのはストレスになるだろうな。もちろん、無いことの方がさらに負荷がかかるからマシなんだけど。まあ、とにかく僕の死とその後の動きと、大方は分かったよ。ありがとう」
「何も感謝されるようなことではありませんから。貴方に与えてしまったことを考えれば、まだまだ足りません」
ミルの本心から出た言葉のように聞こえる。
これから2年間かけて、
人から忘れられる感覚を僕は知らない。もし、両親でなくとも学生時代の友人を見つけて声を掛けたとき、誰ですかと言われる悲しみは計り知れないものだろう。
「ねぇ、ミル、それならひとつお願いがある」
「私にできることならなんでも構いません。どうぞ、言ってください」
「ミルだけは
彼女は目を見開き、それから静かに表情を変える。
僕が愛すと言ったことかそれとも彼女の愛を受け入れていることか、もしくは唯一の存在を彼女にしたことか、とにかく感情を揺れ動かした言葉で今にも涙を流しそうだ。
それでも今は自分の番ではないと思ったのか、目尻に貯めたまま可能な限りの笑みを浮かべた。
「もちろんです。私の心を奪ったのは
「ありがとう。それじゃあ、今日からよろしくね」
「はい!」
謎はまだまだ多く残されているし、国王からしてみれば進展したのは1mmにも達していないかもしれない。だとしても、この一歩はたしかに大きなものだと確信できる。
これからを共に過ごすパートナーにとって。
「さあ、これから2年間の話し相手はミルが殆どになる。時間は有り余るほどなんだ。ゆっくりでいいから、たくさん君を教えてくれないかな」
次話 4/5 20時3分
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