Episode10 Side story Chapter1 END
今日から2年の軟禁生活が始まる。
婚約者となったミルへの信頼はまだ種を植えた程度だけど、前を向くようにはなった。
今はそんな彼女と僕の部屋で朝食を食べているところ。元よりここに長居する人間はミルしかいないとわかりきっていたからか、テーブルに対して椅子は2つしか用意されていない。
「そういえば、ひとつ、貴方に聞いておきたいのですが」
「ミルが僕に? なんでもどうぞ」
「そのミルって呼び方。急に変わりましたよね」
たしかに言われてみれば、そうだ。夢から目覚めて頭の整理が出来ていなかったから、流れでついその呼び名のままだった。
「嫌、だったかな?」
ミルは首を横に振った。すこし強めに。
艶やかな髪が揺れる。ライトブルーの色がより一層その美しさを際立て、目を奪われはするものの、なるべく耳は傾けたまま言葉を待つ。
「その方が嬉しいです。私のことをそう呼ぶのは、今はもう叔父様しかいらっしゃらないから」
「なら良かった」
口にはしなかったけど、それはつまりミルのご両親はもうこの世にいないということだ。
いつかは聞かなければならないとしても、この話を掘るにはまだ早い。今は流しておこう。
「反対にミルは僕のことを貴方としか呼んでくれないの?」
聞いてカボチャのポタージュをスプーンで口に運ぶ。とろみと甘み、どちらも濃厚で朝食に十分だ。
「だって、貴方のことをヒースと呼んでしまうのは、なんだか抵抗がありますから」
「ふたりきりのときはルーザーでもいいんじゃない?」
「慣れは怖いですから。ふとしたときに出てしまうと危険ですし……でも、初めの1年間はそうしようと思います。やっぱり私は
照れ隠しの笑みが愛らしい。年上だけど王室に生まれたせいで恋愛経験が殆どないのがポイント高い。
これからミルの初めて見せる表情を僕が引き出せると思うと、彼女への好意がより高まっていく。
「嬉しいよ。それと、話し方ももうすこしミルの出来る範囲でいいからラフな感じにしてくれたら距離を縮めやすいと思うんだけど、どうかな?」
育ってきた環境が一度の言葉遣いの間違いすら許されないようなものであったろうから、名前の呼び方以上に難しいだろう。
それでも僕のために努力してくれるのなら、信頼も高まる。
「心掛けてみます。うーん、みますというのも違う気が。みるね? みるわ? みてあげてもいいんだからね! ……ごめんなさい、最後は絶対に違いましたね」
やばっ。絶対、今ニヤニヤしちゃってる。
「無理にとは言わないからさ、そこはみますねくらいでいいと思うよ。やっぱりミルの良さのひとつは、王室ならではの上品さだから」
「そう言ってくださるとすこし気が楽になります。私も2年間、ルーザーが勉学に励むように、いろいろと挑戦していきますから日々成長を感じてくださいね」
「楽しみにしておくよ」
順調なコミュニケーション。この調子でいけば問題はなさそうだ。
食事中ということもあって、そこからは話は控えめに、食を味わった。
そうして10分後、食事を終える。
「さすがは宮殿に仕える料理人だね。どれもこれも美味しかった」
朝からお腹も欲求も最大限に満たされるなんて、本当に贅沢な暮らしだ。率直な感想もスラスラと出るというもの。
その言葉に正面に座るミルが頬を赤く染める。
「どうして、君が照れるの?」
「その……実は、今日の朝食をつくったのは私なんです」
「本当⁉」
驚きが前のめりに出た僕に押されて、ミルは肩をビクッと反応させた。
「は、はい」
嘘でしょ。デフォルトでこの腕前? いやいや、普通に凄すぎるけど?
「表舞台に立つ気は小さい頃からなかったので、誰かを支えるためのこととしてお料理を教えてもらっていたんです。それこそ、ここに仕えている料理長の方に」
「なるほど。それにしても、しっかり吸収してものにできるなんて凄いよ。ミルが大変じゃないならこれからもお願いしたいな」
2年後にはどうせ僕と彼女の二人きりで過ごすことになるだろう。家事を任せっきりにするつもりはないけど、この美味しさを知って僕が料理をするのは嫌だ。
この感動をいつまでも味わいたい。
「ええ、構いませんよ。その代わり、ちゃんと褒めてくださいね。それが当たり前にならないように」
「ああ、もちろんさ。褒めるところなんていくらでも見つけられると思うよ」
夢を経て話を終え、パートナーとして始まったばかりの生活を彩ってくれるこの料理とミルのためなら、それくらいお安い御用だ。
と、このタイミングでノック音がなる。
「朝食は終えましたか? 今日から勉学に勤しんでもらいますよ」
声からしてリリアさんだ。
ドスッ、という何かを置いた音は教材によるものだろう。相当な量のそれがあるとわかる。
「ちょうど今終えたところです。開けますから、すこし待ってください」
「早くしてくださいね」
一応は要求を聞いてくれるのか。良かった。
時間をもらったところで空になった食器を運ぶため、部屋にあったトレーに乗せているミルの手を掴む。
「ど、どうしたんです?」
急なことに驚いたようで、声が若干上擦っている。動きも止まり、僕を見つめてきた。
「多分、こういう時間はミルと会えなくなるんだろう? その前に一度ハグして欲しい」
「えっ?」
さらに彼女の驚きが増す。
それでも構わず続ける。
「僕の味方は君だけだから、ちゃんとここにいるっていう何かが欲しいんだ。それに、
自分でもわかるくらいに後半は声が震えていた。
そりゃそうだ。自分の存在がこれからほとんどの人の記憶から消えていく。それを2年後、目の当たりにする。そんな恐怖が待ち受けているというのに平然といられるわけがない。
平静を装うにしても無理がある。唯一の存在に縋りたくもなるだろう。
それを察してくれたのか、ミルは優しい笑みを浮かべ頷いてくれる。そうして、大きく腕を広げてくれた。
「ありがとう」
遠慮なくハグをする。
「今日も一日頑張ってくださいね、
言葉と共に体温が伝わってくる。
この温もりがあれば2年の日々なんて耐えられる。
そんな自信が生まれ、僕を包み込んでくれた。
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