Episode3
脱走は選択肢から消した方がいいと再確認できたところで、ミルさんに聞きたいことは山ほどある。
まだ敵か味方か判断できるまで心を寄り合わせるとはいかないけれど、表向きはそういう態度を求められるようになるだろう。そのためにも話をすること自体は必要だ。
ちなみに年上が好みの僕にとって長髪ストレート、おしとやかな雰囲気とライトブルーの髪のマッチは凄く良い。互いの立場が無く出会っていたら間違いなく言い寄っていたと思う。
「しばらくはここで大人しくしておきます。身体がまだ怠いままですから」
「それが賢明だと思います。私も貴方の顔を見れなくなるのは寂しいですし」
「まだ互いに殆ど知り合っていないのにそんな感情を抱いてくれるんですね」
「それはすこし違います」
身体を前に乗り出して、初めて彼女の言葉に明確な感情が見えた。僕の嫌味に対する怒りが。
僕を好きになれるようにと言ったときも抑揚がないように聞こえていたから何を言ってくれるのか気になる。
「違うって?」
「貴方のことはリリアから多くの報告を受けていましたから。学校でどのような振る舞いをしているだとか、ご友人からの相談をよく解決なされているだとか。もちろん言葉だけではなくて、この2年、学校で行われていた戦闘の実力を競う大会も観戦しに行きました」
「待ってください! それって、そのときから国王は僕のことを狙っていたと?」
リリアさんの訪問はあくまで首席生としての僕に対するものだと思っていたけど別の目的があったのか。
「貴方に限らず、私が6歳になったころから婚約相手の選定は何度も繰り返されてきました。叔父様にとって大事なのはライオネスという名を引き継ぎ、王家であり続けることですから」
ハハッ、相当な執着心だ。呆れて言葉も出ない。
子孫を残し、地位を継承できなければ一族の恥だとでも思っているんだろう。
それにそんな過去を聞けば自分勝手と分かっていてもこんなことを考えてしまう。
「じゃあどうして僕が選ばれたんですか?」と。
つい語気が荒くなってしまった。
ミルさんに責任があるわけではないのに、まるで責めるかのように言葉をぶつけてしまう。
身を乗り出していた分、彼女の、胸を突かれたかのような表情がはっきりと見えて罪悪感に押し潰されそうになる。
「すみません、ミルさんにこんなことを言うのは間違って――」
「ごめんなさい!」
「――えっ?」
どうしてミルさんが頭を下げる? 今は僕がそれをすべきで、その謝罪に意味を見出すならそれはつまり、この一件にしっかりと関わっていたっていうことか?
ミルさんはそのままの姿勢で続ける。
「まさか、叔父様がこんなことをするだなんて思いも寄らなくて! 叔父様の求める方があまり現れなかったのはたしかです。でも貴方が初めてじゃなかった」
なのにこんなことになると知らなかった? いやいや、有り得ないだろう。
国王がなにを基準にしているのかは分からないけど、僕と初めての人とでここまでの展開に変化を加えるとは思わない。それに失敗したならその相手は機密を守るために始末されていると考えてまず間違いない。ゆえに思いも寄らないとはならないはず。
「魔法学校の首席生や商人がいました。どちらも名家の方で貴方と同じように調査を経て多くのことを聞いて、断ったんです」
なんだって?
もしそれが本当だとしたら、今回僕を選んだのは国王だけじゃなくて……。
「そんななか2年前に、辺境の村に住んでいる知性を備えながらも剣技の優れた人がいると紹介されて、人望の厚さを生み出す優しい心と整えられたルーザーの顔に惹かれました」
彼女もまた国王の被害者でありながら、無知ゆえになってしまった加害者なんだ。
その名家の人達であれば、どれほどことがスムーズに済んだことか。僕のようにはならなかったはずだ。名声と血筋の為、互いが求め合っただろうから。
怒りが胸の内で沸々とわいてくる。
それでも両親や村の皆の為、必死に蓋を押し付けながら声を出す。
「今日はもう、出ていってください。僕が僕であるために、姿を見せないでください。貴方が今、どんな表情であろうと、この感情を抑えられそうにありません」
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
僕は声を震わせ、ミルさんは多分後悔や罪悪感に、手を震わせている。
俯いた状態でいる彼女の顔をちらとでも見てしまわぬよう顔を背ける。
彼女は言われた通り立ち上がって再度頭を下げ、部屋から出ていった。
扉の閉まる音が鳴るまで、僕がそちらを見ることはなかった。
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