Episode2

 僕と今この部屋で初めて会った彼女が婚約? ちょっと待って、養子になる形で話は進められるものだと思っていたのに違うのか?


「あの、聞こえませんでしたか?」


 状況が理解できないために反応できずにいたからか、閉めた扉の前で立ったままでいる彼女も困惑している。


 とにかく僕よりかはその話もここのこともなにか知っているに違いない。話をしよう。


 えっとたしか名前はミルさんだっけか。


「すみません、まだ起きたばっかりでなにもわかっていなくて。聞こえてはいました。でも、ミルさんの言ったことって本当なんですか?」


「はい。昨夜、叔父様が貴方をこの宮殿まで運ばれたときに話があると。そこで貴方が正式に私の婚約者になると聞かされました」


 それでいいのか? そんな簡単に一生連れ添う相手を決められて。


 綺麗なライトブルーの髪色に白のパジャマドレス、高身長でもちろん見た目に飛び出たものはない。それでいて王室の一人。


 周囲から言い寄られることはそれはもう想像より遥か上の数あったはずだ。


「どうして、そんなに早く受け入れられるんですか?」


 全てが華やかなミルさんとはまるで違う僕だって、リーネさんに憧れと恋心を抱いている。


 誰もが持つ自由が約束された権利じゃないか。それを勝手に行使されるなんてこと。


「先程も言いましたが、私は唯一の姪なんです。23年前に生まれて、4年が経った頃、王妃がお亡くなりになられました」


 しかし、ミルさんの声は落ち着き払っている。


「……ということは、そのときからミルさんに権利はなかったんですね」


「それがここに生まれた者の使命でもありますから。ただ運悪く他に誰もいなかっただけなんです」


 そんな言葉で片付けていいものなのか? 僕には到底理解できない。でも、彼女がそこに執着しているようにも見えない。


 それなら同様に拒否権のない僕が何か言うべきではない、だろうな。下手に新たな道をこじ開けようとするのは国王にとって邪魔でしかないから。


「そういうことなら、わかりました。このことはもう言及しません」


 だからといって僕が快く受け入れるわけではない。ただ、そうするしかないというだけ。


「あの、話題を替えるために質問をしてもいいですか? いろいろと教えてほしくて。恐らく23年住み続けているこの宮殿のことや、国王のことも」


「ええ。私も貴方のことを好きになれるようたくさんお話がしたいなと思っていたんです」


 ミルさんは僕がいるベッドの近くに置かれている椅子に腰を下ろす。その所作ひとつひとつがおしとやかな女性だと感じさせる。


 それにしてもここまで疑問を抱かずにいられるのは、彼女もまた国王の被害者なのかもしれない。ただそれは第三者から見た勝手な推察で、決して同情はしないけれど。


「カメリアには宮殿がひとつしかありませんよね。国都イラベスのウェリントン宮殿。もう数百年も昔、冒険者育成学校もギルドもない時代に勇者と呼ばれていた男性の名前から付けられたこの国を象徴する建物です。

 僕が今いるここはまさしくそこなんですか?」


「学校でちゃんと学ばれたのですね。そうですよ、ここはウェリントン宮殿の一室。私は王妃がなくなられた翌年から18年、ここに住んでいます。知りたいことがあれば、大抵はお答えできると思います」


「答えてもらうだけでなくて、案内してもらうことも可能ですか?」


 ここが大事。恐らく婚約の話を国王としたとき、国王自身かリリアさんから僕のことを多く聞かされているだろう。僕がこれからどんな扱いをされるのかも。


 だって今頃、母さんや父さんは僕が帰ってこないことに不安になり、それこそイラベスに向かってきているはずだ。


 国王にとって僕が街なかで二人と出くわすのは何が何でも予防したい事態。策を取っているに違いない。


 そして、この考察は合っていると自信を持てる。


 さっきより近い距離にいることでミルさんの答えにくそうに、言葉を選んでいるような表情がよくわかるから。


「その、それは出来ません。貴方の姿を見ることができるのはこの部屋だけですから」


「ああ……そこまでですか。ここに軟禁するつもりだと」


 彼女が罪悪感を持つ必要性は今のところないとは思うけれど、顔には気まずい感情が表れている。


「一応、貴方を隠す処置はしたと聞いていたので、もうすこし軽くして頂けないか頼みましたが、誰かの記憶に引っかかることを避けたいと。二人でどこかに行けば、すこしずつでも仲を深められると思っていたのに残念です」


 僕を隠す処置か。リリアさんも共に襲われたことにして事情を説明するってところかな。


 実際に僕が彼女を逃がしたわけで、あのときいた男たちも使えばいくらでもストーリーは生み出せる。ただ両親がそれで納得いくかは別だ。


 そこの対応をどう考えているのかも知りたいけど、処置した話を聞かされただけのミルさんはそこまで知らないだろう。


 というか、僕との距離をなるべく早く縮める方法のほうがミルさんにとっては大事みたいだ。でも、ミルさんとの仲はそう簡単に進展させられる気がしない。


 絡んでいるものがあまりにも大きいからね。まだ僕の味方だと確信できない点もその要因だ。


「ちなみに、ここから無理やり出ようとしたら?」


 高い窓をちらと見た。


「出てもまた捕まるだけですよ。人質一人の命がなくなるとともに。むしろ、叔父様はそれを願っているのかもしれません。そうすれば、自然と貴方との強い記憶を持つ人を消すことが出来ますから」


 穏やかな表情でよく言える。そういうところは国王と同じ血が入っている証拠か。


 それでも情報に嘘を交えているようには思えない。この調子で情報収集をしていこう。

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