Prologue5
うぅ……頭痛が……。
意識が徐々にはっきりとしてくる。
他に痛みはない。手足を拘束魔法で縛られ、口枷を噛まされてはいるけれど、なにかに座らされている感覚や磔にされている苦しさもなく、固い床に転ぶように置かれている。
どこかに運ばれた? 可能性でいえば、彼らのアジトが最有力かな。
っ!
扉が開く音だ。
「ふぅー、疲れた……。まさか、あんなに当たってくるとはな」
「本当だよ。おかげで背中が痛いったらありゃしねぇ」
足音と男の声が二つ。どうやら椅子を引いて座ったみたいだ。
リリアさんの安否を確認できていない以上、まだ眠っているふりをしよう。
「にしても、ボスも無理を言いなさる。勇者候補を相手に傷をつけずに捕まえろだなんて」
「それはそうだが、こっちの武器を取り上げて反撃してこなかっただけマシだろう。さすがは勇者の素質を持つ男というべきか、正々堂々と向かってきた。まあ、結果としてそれが仇となったがな」
「だな。そういう意味ではボスの希望通りにいったか。これで報酬を弾んでもらえたらいいな」
すこしずつこの輩たちの素性が見えてきた。
ボスの指令で動いていたこと、報酬を弾むということは雇われの身の可能性が高いこと、そして、幸か不幸か狙いが僕だったこと。
もちろん目撃者になってしまったリリアさんを放っておくとは思えない。でも、話しに一切出てこないことから考えて現状は捕まってはいないとみた。
ここは助けてもらえる可能性に賭けて大人しく情報収集しておこう。
「そろそろ起こしておくか。ボスが到着する前に」
というわけにもいかないみたいだ。
足音がすぐそばまでやってくる。
「おーい、起きな、兄ちゃん」
律儀に傷ひとつ付けないつもりなのか声掛けのみだ。
無視して様子見する必要性はない。ここはパッと目を覚まそうか。
「ん……」
「おっ、目覚めが良いのは有難いね。兄ちゃんさぁ、意識はっきりしてんなら一回頷いてくれないか?」
コクリと従順に行う。
「なら、話をするからそこで聞いてくれ」
慣れた手順を踏んでいる。武器をちらつかせて脅すことも大声をあげて萎縮させるようなこともしてこない。
周囲には輩たちが座っていた椅子だけ。普段使っていない場所なんだろう。
「観察すんのもいいけどさ、どうせ意味ないからやめとけ」
そう簡単に抜け出せるようなところじゃないってことかな。だから、こんな呑気にしていられるのか。もしくは、正面に見えるドアの先に罠が仕掛けられているとか。
いずれにせよ、言われた通り微塵も動かずに話を聞いておくのが賢明そうだ。
「よし、いいか、恐らくだが5分もしないうちに俺たちのボスがお前に会いに来る。まあ、いろいろと思うことはあるだろう。でもな、ここから先で起こることは必然なんだ」
計画的な犯行。どうして僕を狙うのか、そもそも実績のない、リリアさんですら分からない現状無職の若造を明確な理由がなければ捕らえようなんて思わない。
たしかに必要なんだ。彼らにとって、というよりボスにとって。
「暴れても意味がないのはもう理解しているだろ」
話す男の表情にはすこし同情が見える。言葉も吐き捨てたような、自分を言い聞かせるための独り言に感じられた。
「おい、早くしろよ。怒られるのは俺たちなんだから。この仕事を引き受けたのはお前だろ」
「あ、ああ。わかってるよ」
どうやら後ろの男は情と仕事をはっきりと分別できる人間らしい。こういう裏稼業では大いに信頼される人材だと思う。
残念だけど彼がいる以上、最悪の事態に備えて情に訴えかける策は通用しないと考えたほうがいいだろう。
「とにかく、ボスと顔を合わせて話をしたあと、もう一度お前には眠ってもらうことになる。大人しくしておけばあの時使った麻酔針を打つことはない。その先は……俺たちも知らない」
そこで彼らの任務は遂行されたことになるわけか。
加えて言えば、ボスが僕を使う理由は簡単に情報が漏洩してはならないほど闇の深いことなんだろう。
リリアさんたちが助けを呼んでくれていると信じる反面、もしそれが叶ったとしてここにくるまでに命を落としてしまわないか心配だ。
そうなるくらいならたった一人の人生が終わりを迎えて済んだほうがいい。
「まあ、俺からの説明はこんなもんだ。それじゃあ、ボスが来るまで――」
コツッ、コツッ
まるで図ったように靴音が聞こえてくる。
「――と、もういらっしゃっているみたいだ」
男たちは急いで横に立ち並び、背筋を張る。
ボスのお出まし。
しっかりとその顔を拝んでおこう。
顎を上げて視線をなるべく上に向け、扉を凝視する。
カチャ
静かな空間にキィィィと引かれる音が響く。
えっ…………。
そうしてその姿が見えたとき、僕の思考は一瞬にして放棄された。
そこに立っているのは、共に襲われこの命を懸けて逃げてもらった唯一の頼みの綱であるリリアさんなのだから。
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