Prologue4

「キャッ!」


 離れるリリアさんの身体を、踏ん張って支える。


 なにがあった?


 窓にかかっているカーテンのせいで外の様子が確認できない。


「運転手さん! いらっしゃいますか?」


 返事はないか。それに馬たちの声すら聞こえてこないとなると、最悪の想定だけど誰かに狙われて殺されているのかもしれない。


 この馬車を見つけて国王と勘違いしての犯行か、それともリリアさんの後を付けた人質目的の犯行か。


 いずれにせよ、不味い状況だね。


「ど、どうしましょう」


「とにかく焦らないでください。狙いはリリアさんのはずですから。敵が何人いるのか把握できない以上、無理に突っ込むよりは僕が囮になっている間に逃げて頂いた方が得策です」


「そんなこと――」


「おらっ! 大人しく出てこいよ!」


 男の声とドンッと蹴られたような音。時間の余裕はなさそうだ。


「いいですか? 僕のいうことを聞いてください。先にこっち側からリリアさんが出てください。抵抗の意思がないと、手を挙げながらです」


 コクコクと首を縦に振っている。


 身体の震えがないのは職業柄なのかな。頼もしい。


 表情に憂いがないのもある意味信頼できる。僕の生死を気にしていないみたいだ。


「一応聞いておきますが、護身用の短剣なんかを持ってはいませんか?」


「ごめんなさい、互いに平等であるために私もそういったものは……」


 たしかに表面に不自然な膨らみはないか。


 しかし、困ったものだなぁ。人数を揃えているだろうから一時的には凌いだとしても僕が捕まることは明白。


 言った通りリリアさんに賭けて、なんとか村に逃げ帰ってもらうしかない。


「ある程度距離を取ったら、僕の村の方へ向かってくださいね。村長に関わらず、事情を話せばすぐに動いてくれると思いますから」


「ええ、もちろんです」


「それじゃあ、3.2.1の合図で出ていきましょう。いきますよ、3.2.1──」


 恐る恐るといった様子でリリアさんが扉を開ける。


 運転手への声掛けで存在はバレていたとしても、なるべく身体を縮めて隙間から見えないようにしよう。相手に誰か特定させずに護衛の可能性を考慮させることで動きに制限を掛けることができる。


「あ、あの、すみません!」


「おっ、やっと出てきたか」


 さっきの男の声とは違う。それに近い。


「大人しくしてたら何にもしねぇから、質問に答えろ。いいな?」


「は、はい」


 そんな訳はないだろうが、リリアさんも自分の命のためにも素直に聞く。


 それにこの感じ、僕のことには気付いていないのか? それとも泳がせているとか? 


 まあ、どちらにせよ僕が飛び出る作戦を変更する気はない。話の展開を伺おう。


「この馬車は基本的に貴族しか使わねぇよな。んで、運良くこんな人気のないところで見つけて挨拶をしてみれば、そこからお前が出てきた。名前を教えてもらおうか?」


 そこらの貴族ならまだしも王族秘書のリリアさんのことを知らないのか。


 山賊の可能性が高そうだな。でも僕が生まれる前からそんな輩が村周辺で出たなんて話を聞いたことがない。


 これで狙いはリリアさん確定だ。だとしたら、やっぱり「誰か?」っていうのにすこし引っかかるけど、今はそれどころじゃないね。


「リリア・クトです」


「フゥー! 上玉だねぇ!」


 沸き起こる歓声。最低でも6人、7人はいる。ちょっとまずいな。


「まあまあ、大人しくさー、捕まっちゃってよ。ほらっ、おまえ、いけ」


 リリアさんに近付いてくる足音。


 まだだ、まだ、獲物を手にしたと油断するまで待つ。


「ごめんね、これ、仕事だから」


 開けられた扉の隙間から男の足もとが見えた。そうして、身体が後ろを振り向いたその瞬間――


「離せぇぇぇぇえええ!!」


 全身に力を込めて飛び出し、がら空きの男の背中へタックルする。


「うぁっ!」


 よしっ、不意を突かれたせいでリリアさんから手が離れた!


「今です! 逃げて!」


「はいっ!」


 驚きに周囲の輩たちの動きも止まっている間にリリアさんは山のなかへ走り出す。


「あっ! こらっ、待て!」

「待つのは貴方の方だ!」


 再度身体を勢いよくぶつけ、姿勢を崩し、そのまま押し倒す。


 背中を打ちつけた男は苦しそうに息を吐いた。


 正面でまともに向き合われたら数で負ける。今の僕がすべきなのはひたすら時間を稼ぎ続けること。それだけだ!


「うぉぉぉぉおおおおおお‼」


 声をあげ、出せる限りの力を振り絞り、また別の男へと走り出す。


「ちょ、ちょっとm――っ!」


 また見事なまでにぶつかり、相手は倒れていく。持っているはずの武器も取り出さずに。


 傷つけるなとでも言われているんだろうか。それなら好都合だ。大いに時間を稼ぐことが――


「あっ」


 なにかが背中に刺さった。


 途端、込めたはずの力が抜けていき、膝をついてしまう。


「な、なんだ、これ」


 手と膝を地につけ、やっと身体を支えることができるギリギリの状態。


 ザッ、ザッと近付いてくる新たな足音。


 このままじゃ、やばい!


「はぁ……さすがだな。若さ故の無謀さってやつか」


「誰、だ」


「まあまあ、そんなのは後で知れるからとりあえずおねんねしてくれや」


 かがんでただ見下ろしてくる。


 不気味なくらいなにも危害を加えてこない。多分麻酔針を打ったんだろう。馬にもこれを使ったに違いない。

 それにしてもその効力を余程信頼しているのだとしたら常習犯の可能性もある。


 とにかくリリアさんが無事に村まで戻って助けを呼んでくれることを願おう。


 瞼を開いているのももう限界だ。


 そうして土の上に倒れ込んだ。

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