3-2
(承前)
「――せめて、聞いてもらってからじゃだめかな」
二人のやり取りに口を挟まずに見守っていた
「
それに、そこでレベルに見合わないとわかるかもしれない。みそらはそこまで言わなかったけれど、喜美子さんは「そうね」とすこしほっとしたようにほほえんだ。
「今回は図書館だけど、公民館とかもあるから、ほんとうに通りがかりか、わたしたちのグループがやってることを覚えて、興味もってくれてる人。だから皆さんそんなに楽器に詳しいわけじゃないの。ただ、楽しみ――日常のちょっとした変化として興味を持ってくれたり、詩の楽しみ方の変化球として面白く思ってくれる人ならいるわね」
喜美子さんは丁寧に説明してくれた。喜美子さんが朗読の活動を、そしてそれを聞きに来てくれる人のことを尊重しているのがわかる。だったらなおさら、最低でも喜美子さんに聞いてもらわないといけなかった。
――と心の中でうなずいた瞬間、ふと去年のことを思い出した。
そう思うと、これもチャンスだと思えた。学生だからできるチャンス。葉子のもとで副科声楽を教えるにしても、ピアノが弾けなくては教えることもままならない。馬の尻を叩くようなものだな、と思うと、肚が座ったのか、すっきりとした息が体から出た。みそらは三谷を見た。
「レンタルスタジオって近くにあったっけ?」
三谷の楽器はいつものマンションにあるので、実家にはない。確認程度で喜美子さんにわざわざ電車を乗り継いで来てもらうのも気が引けたし、決めるなら早いほうがよかった。三谷はほんの二秒ほど考えて、「あ、先生」と言った。
「俺の高校までの先生んち」
ああ、とみそらは声に出してうなずいた。そういえば三谷も数週間前、学内選抜の曲選びのためにその先生のアドバイスを受けたばかりで、みそらと喜美子さんもそれに同席したのだった。三谷はすぐに「聞いてみるよ」とスマホを取り出した。文字を打とうとしてすぐに通話に切り替えたようで、スマホを耳に当てている。
「ごめんね、みそらちゃん」
三谷のようすを見ていると、喜美子さんの申し訳なさそうな声が聞こえてみそらは振り返った。今日もロマンスグレーが美しい喜美子さんは、眉尻を下げて苦笑のような笑みをたたえていた。
「
「あ、いいえ、三谷ほどじゃないんです、ほんとうに」
事実なのでみそらはすぐに否定した。公開レッスンなどもタイミングよくひと段落している時期だ。それに
「明日の午前中だったらレッスンも入ってないから使っていいって」
手早く連絡を終わらせた三谷が二人にそう言う。みそらはほほえんだ。
「わかった。あ、楽譜ある? 暗譜はさすがに不安で」
「うん。書き込みあるけどいい?」
「ぜんぜん」
「わかった、出してくる」
返事をするなり三谷は楽譜を置いている部屋に移動した。それを見送りながら、なぜか喜美子さんはふふっと笑い漏らした。
「あなたたちでも喧嘩するのね」
やっぱりさっきこそこそ言ってたの気づくよなあ、とみそらは体中の体温が急上昇する思いで身を小さくした。
「まあ……たまには」
「なんていうか……やれるかやれないかとか、そういうところが論点なんだなって、ちょっと感心しちゃった」
感心、という言葉にぴんとこなくて、みそらはつい軽く首を傾げた。すると喜美子さんはまたほほえんで続ける。
「ごめんね、わがままな子だけど、信用してくれてるのもわかって、ちょっとうれしかったりもしちゃった。しかもピアノのことだから」
みそらは軽くまたたいて相手を見た。ピアノのことだから――音大へと三谷の背中を教えてくれたのも、卒業後の物件のことも、喜美子さんがきっかけだ。ということは、自分の未来もこの人がいなかったら、いま思い描いているようにはいかなかったということだ。そう思うと、喜美子さんの孫と音楽への愛情が胸にしみた。――自分の祖母が生きていたら、どう思ってくれただろうとも思う。
「ああしてくれるから、わたしも頑張れるんで、大丈夫です」
気恥ずかしいのは事実だった。でもそれ以上に感謝が上回るから、自然と言葉が流れてくる。みそらの言葉に「そう」と喜美子さんが笑顔でうなずいたところで三谷が戻ってきた。と同時にお母さんから食後のお茶の声がかかる。リビングのソファでテレビを眺めていたお父さん――こちらもきっと聞いていただろうけれど何も言わないでいてくれた――のところに、自然とみんなが集まってきた。
そうやって翌日、みそらと三谷、喜美子さんという前回とおなじメンバーが三谷の先生――
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