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 小野おの先生のダブルレッスンに通うようになって六ヶ月目。昨年、はじめてこの部屋に入ったときはめずらしく映ったスタインウェイのピアノだけれど、それが自分の隣にあることにも慣れてきた。同時に、葉子ようこと小野先生の教え方の違いにも。

 葉子の教え方は論理的だ。文脈がしっかりしているというか、根拠があって話している、というのがわかる。もちろん抽象的な部分もあるけれど、そこに日本語としてのずれ――思考と運動への齟齬のようなものを感じることはあまりない。

 一方で小野先生は、どこか抽象的というか、天才肌的な感じがする。フレージングなどでも弾き直すたびに「違う」としか言われないことも何度もある。もちろん大学生、しかも四年生なのだから「なにが違うのかを自分で考えろ」ということでもあるのだろうけれど、そのある種の直感的な部分こそが、葉子がダブルレッスンを受けさせた理由のひとつなのではないか、とも思える。と同時に、高校までの師匠が、小野先生と合わないと感じてこの学校を受けるのをやめた、と言ったこともわかる気がした。高校までの師匠も、いま思えば葉子と似たタイプだった。

 それがストレス、というほどではないけれど、多少のとまどいとなって、後期になったいまでもまだ三谷みたにの中に残っている。このやり方で葉子は、途中で休学を挟んだとはいえ、四年間特待生を貫いたというのだから素直に驚いてしまう。あらためていまの師匠――本来の担当講師である羽田はねだ葉子の打たれ強さというか、根性のようなものを感じた。自分だったら四年間、ついていけただろうか。

 でも――あれは去年の年末の羽田門下の発表会で『水の戯れ』を弾いたあとだった――、葉子が「そういうのなら小野先生が得意」と言っていたのも、またわかるのだ。

 言い方が抽象的――「どう体を使うか」をすっ飛ばして「音をよく聴け」しか言わないのだとしても、自分でも弱音の質が変わったことは実感している。それは練習のあとなんかにみそらに指摘されたり、森田りょうにも言われた。弱音は大きな音よりも技術的に難しく、非常に繊細な作業を求められる。弱音こそが演奏の良し悪しを決めるといっても過言ではない。そういえば先日の合わせで江藤えとう先輩も弱音の変化にも気づいていたようだった。そういう変化――強みが増えたことも、たしかに感じている。

 その教え方の違いのせい、とは断言できないだろうけれど、もうひとつ三谷を悩ませているのが、卒業試験の曲選びだ。四年間の勉強の集大成、かつ卒業演奏会への切符がかかった試験でもあるため、どの生徒も曲選びには慎重になる。それは担当講師であっても同様で、三谷の場合は葉子と小野先生で曲の傾向がまったく違っていた。

 もうすぐ予選が行われる学内選抜では、葉子にもおすすめされていたドビュッシーを選んでいるけれど、卒業試験の曲はまだ決めきれないでいた。学内選抜でドビュッシーを選んだというのもあって、今度は小野先生の顔を立ててロマン派――直接的に言えばショパンにすべきか、正直迷いどころだ。

 葉子はダブルレッスンを勧めたときに「自分と小野先生が言ったことが違っていたとしても、どちらの意見を選ぶか、それともどちらも選ばないか、そういう選択肢はすべてあなたに委ねる」と言った。それはもちろん小野先生もおなじだ。でも――

 ありがとうございました、といつもどおりに挨拶をし、防音扉を二枚、ぴたりと閉める。と同時に、知らず大きなため息が出て、自分のことながら三谷はびっくりして顔を上げた。ガラスに薄く映った自分が、目を丸くしてこっちを見つめている。目が合うと、ガラスの中の自分はもう一度息を吐いたようだった。――ここで無駄に思考してる場合じゃない、と心の中で言い聞かせる。今日はこれで終わりじゃない。午後からはインターンだ。

 みそらに連絡をしようとスマホを取り出すと、『ロビーにいます』という通知が見えた。いつもどおりか、と思うと、これも知らず笑みがもれてしまう。それだけですこし胸のつかえが軽くなった気がして、自分の現金さに軽く呆れる。

 昼前になってロビーにさす陽の光もかなり明るくなった。それでも夏休み中ほどの強さはすこし薄れているような気がする。みそらはそんな光を背負って、体を軽くひねって外を眺めながら人気のないベンチに座っていた。

「あ、おつかれ」

 足音で気づいたのか、ぱっとこちらを見る。何度見てもダリアの花が咲くような、そんな色づき方のある笑顔だった。

「うん。――学食でいい?」

「もち。安上がりだしね。せっかく坂ものぼったし」

 駅前から学校までゆるやかに、しかし長く続く坂は、夏場には女子の間では「化粧落としの坂」なんて言われている。でもみそらは「せっかく勝手に運動できる道なんだし」と昔からあまり気にしていない。その分しっかりと化粧をしていたりするのは、一緒に住むようになってから気づいた。

 軽く跳ねるようにして軽やかに立ち上がり、みそらは三谷の横に並んだ。そのまま階段へと歩いていく。まだ授業が終わっていない教室が多いのか、人の行き来は少なかった。

「卒試の曲、どう?」

「うーん」

 思いっきり煮え切らない反応をしてしまったけれど、取り繕ったところでみそらにはすぐバレる。三谷はバックパックを背負い直し、正直に続けた。

バラード四番バラよん、なんか小野先生の反応が悪いっていうか」

「反応?」

「ショパンでバラードだから卒試には合うっていう意図はあるみたいなんだけど。俺があんまりうまくやれてない、かも」

 みそらはびっくりしたように何度かまたたいた。長いまつげが上下するのは、何度見てもきれいな蝶が羽ばたくさまを連想させて美しかった。

「そうだっけ? 家で聞いてるぶんじゃそうは思わないけど」

「俺も大きくはずれてるとは思わないけど……」

 小野先生の反応を反芻しているうちに、あの光景が蘇ってきた。あの――金の羽が天から舞い降りるショパン。みそらと一緒に行った公演や、自分が最初にあのピアニストの演奏を聞いたときに見たもの。

「たぶん、ショパンの音になってないんじゃないかと思う。今日も『違う』の連続だったし」

「ふうん……」

 ショパンの音、というのは、一緒に行ったこともあるし、みそらにも伝わっていると思う。階段を下りながら、すこしみそらは考えたようだった。

「そういえば、受験前に習った先生がそういう感じだったかも」

「うん?」

「木村先生のレッスン、受験前でも月イチとかだったから。それ以外は部活の顧問の先生の、そのまた先生についてたんだけど。その人がわりとそういうタイプだった。具体的にどうするとかが抜けて、結果こうなる! みたいな。理屈が言語化できてないみたいな?」

「あー……わかる」

 まさにさっき考えていたことだ、と思って苦笑がもれる。とはいえ、みそらがそういう先生にあたっていたとは知らなかった。

「でも木村先生もたまにそうだよね」

「え、木村先生はちがくない?」

「あ、わたしじゃなくて、伴奏のほう」

 ということは自分のほうだ。思い返してみれば、――たしかに。木村先生は伴奏にも手を抜かないので、まれに実際に伴奏を弾いてくれることもある。でもそれには「専攻とは違うからうまく説明できない」と前置きがあったはずだ。だから説明するより弾いてみせたほうが伝わりやすい、ということだった。そして実際に、木村先生の伴奏はとてもうまい。ピアノとしての演奏レベルで考えるのではなく、伴奏としての役割を果たすための弾き方がうまいのだ。前提が違う。

「あれはべつでしょ」

「まあ……そっか」

 みそらも同じ考えに着地したのか、そううなずいたところで一階に到着した。教務課の近くでもあるので、先ほどよりは生徒の姿も増えた。

「じゃあ、山岡は受験前についてた先生のとき、どうやって対処してた?」

「うーん、そうだなあ……めっちゃ効率悪いというか、ちょっと体育会系なんだけど、とりあえずやってみる、で乗り切った」

「え、なにそれ」

「ええとね、……『なぜなぜ分析』みたいな感じ」

「……いきなりマーケティング的な言い方になったね」

「いや、あながち外れてないと思うんだけど」

 言葉をさがして渋い顔をするみそらもやっぱり愛らしかった。つい笑いこぼすと、「説明するから待って」とみそらの左手が自分の右手をつかむ。細い指がからまると、指輪のかすかな冷たさが伝わってくる。

「結局、先生たちの中には、絶対的にイメージする理想の音があるんだよね。じゃないと教えられないわけで。でもこっちがそれを表現できてないから『違う』って言われる。となると、とりあえず先生が言ったこととかをもう一度さらって、何が違うのかをずーっと考えてPDCA回すしかない、と当時は思ってやってた」

 あの頃はPDCAとは思ってなかったけど、とみそらはちょっと苦笑して続ける。

「そしたらなんか逆に、自分のイメージとは違うものばっかり見つかってきて。結局そのつぎのレッスンで『それでいいのよ』って言われたから、――なんていうか、自分で考えた最善策を提示してこいってことだったのかな、って、いまは思ってる。そうすればすくなくとも先生が考える理想と大きくはずれてもないってことなんだろうし。……まあ、当時は『なんだそれ、抽象的すぎる』って腹たったけど」

 そこまで言うとみそらは「伝わった?」とかすかに心配そうな色のまじる視線を投げかけてきた。三谷はその手を軽く握りかえした。

「うん。――今日言われたやつも、やっぱりそういうことかな」

「そういうこと?」

「小野先生が弾いたフレーズを再現したら、『似すぎて気持ち悪い』って言われたから。それって俺が理由もわからず真似しただけ、ってことが言いたかったんだと思うし」

「ああ、うん、そうだと思う」

 わかるなあ、とかすかにため息まじりにみそらが言う。――こういうところが、クラシック音楽を勉強する上でのもっとも難しい部分だ。技術や解釈を教えることはほとんど「口伝」と表現していいような部分がある。そうやって細い糸をつむぐようにして、数百年前のヨーロッパとつながっているのだ――と考えたところで学食の入り口についた。券売機には数名が並んでいたけれど、席が埋まっているというほどではなさそうだった。

「――あとは結局」

 二人そろってICカードを取り出しながら、ふと思い出して三谷が言う。

「知らないから、っていうのもあるとは思う。高校の修学旅行はオーストラリアだったけど、ヨーロッパは行ったことないし。映像とかでポーランドの景色を見ることはあっても、肌で感じたことはないし。せめて西洋の空気にだけでもふれられると違うのかなとは思うけど」

「あーそれもわかるなあ。だから留学っていう流れになるんだよね……」

 いまではオンラインで世界中がつながることが当然になってきているけれど、それでも実際にあちらの空気の中にいるかどうかは大きな違いだろう。その好例が、それこそ先月の菊川きくかわ先輩だったはずだ。

 関東圏に生まれたぶん恵まれている、とは理解している。みそらのように高い交通費をかけて木村先生のレッスンに通うということもないし、演奏会も地方より断然多い。でも――わかっているだけだ。事実を、ただ、文字として。

 ふとまた、みそらの地元に意識が向かった。――まれに、そういう「離れた場所」があるみそらがうらやましくなることもある。いま生活し、生きていく場所とはまったく離れた遠いところに自分が心身ともに安らぐ場所があるというのは、どういう心地なんだろう。それこそみそらが北原白秋はくしゅうなどの詩に親しみを覚えているように見えるのは、その「故郷」のあり方に共感しているのではないかと思うときもある。

 券売機から出てきた小さな紙を拾い、列にならぶついでに座席を探して食堂内を見る。大きなガラス窓の向こうにはテラス席と小さな池があって、梢が風に揺れているのが見えた。こういう景色しか知らない自分には、弾く限界があるのではないか――

「席、どこにしようか」

 自分の後ろに並んだみそらがそう言いながら、同じように食堂を見回す。そして右手の二の指で奥をさし、「窓際あたり、あいてるぽいね」とほほえんだ。それにうなずきながら、胸のあたりがじりと焦げ付くような感覚がした――ような気がした。

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