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あれは、責任を担う、ということだ。家族、もしくはそれに近しい人が、他人のことも自分と同等に責任を負う、その証明をするということだ。だから、つまるところ配偶者というのは、他人ながら互いの責任を互いに担うということなのだ。ただ一緒に暮らすだけではない。生活スタイル、好きなもの嫌いなもの、生き方、そして生死に関わることも、互いの責任を分かち合い、互いの人生を背負い合うということなのだ。
今さらこんなことに気づくなんて――と、反省する。大人としてどうかとも思う。でもこれも病気のことがなければそうそう考え直すこともなかったかもしれない。自分には何より大切な音楽があったから、こういったことを考える優先順位はどうしても低くなりがちだった。
次の生徒が来るまでにまだ時間はある。あちらのスケジュールがどうなっていたかは忘れてしまったけれど――出たら話す。そうじゃなければメッセージを送る。それでいいと思った。名前を見つけて通話をタップする。耳元に薄いスマホをあてると、コール音が鳴った。
「もしもし」
あ、出た。と思った。それに少しほっとしている自分に気づきながら、葉子は「もしもし」と言った。
「
「うん、練習室だから、ちょっとなら」
練習室だからちょっとなら。練習をおろそかにしない言葉選びに思わず表情がゆるむ。零れそうになる笑いをこらえて、葉子は声を整えた。
「こないだのこと考える上で、前提として知っておきたいことがあって」
「うん、なに?」
颯太の声はいつもどおり軽やかだった。必要以上に急かすこともないその空気感は、間違いなく彼の人間性のあらわれだった。
「仮定の話だけど」
「うん」
「もしわたしが死にそうなときと、自分が出る演奏会がかさなったら、どっちを選ぶ?」
「ああ、それなら――」
あ、今の声、きっと笑顔になったんだろうなと思う。まなうらに表情が浮かぶような声だった。
「演奏会」
端的な、明るい声での即答に、葉子はスマホが音を拾わないようにそっと息を吐いた。――安心した。心底。そう思ったらふいに涙が零れそうになった。息を止めてこらえるけれど、それでも目頭から小さなしずくが溢れた。――どうしてか、体が震えるほど嬉しかった。
葉子がほんの少し黙ったからか、「先生」と颯太の言葉が続く。
「一応そのつもりだけど、ほんとにそうなったらわかんないよ。正直に言っとくけど」
「……わかってるよ」
つい笑ってしまう。そういう言葉を補足してくるところも、颯太らしいと思う。
「聞きたいのってそれ?」
「うん。だからもう練習に戻っていいよ」
「わかった。じゃあまたレッスンでね」
と言うと本当にあっさりと通話は切れてしまった。でもその速度もまた颯太らしいのだ。
顔を上げると窓の外が見えた。初夏の明るい青が広がる。――合同発表会まで、もう半月もなかった。
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