6-1
今年の曲は、どれにしようかけっこう迷った。後期試験の曲もやってみたかったけれど、最近やっているラヴェルもおもしろい。インターンの申し込みも同時進行でやっているのであまり弾き込んでいない曲ができないということもあったし、みそらが『水の
中学校の教科書とかで習ったけど、でもちゃんと曲を聴き込んでるのってピアノ科だけじゃない? 声楽でいうと、オペラに『アイーダ』があるって中学校とかで習っても、ピアノ科のみんな、それをずっと聞いてるわけじゃないっていう。だからわたしは純粋に聞いてみたいかなあ。
今回の発表会は門下生以外も聴講できる。みそらの言葉を聞いた
一方でインターンのエントリーは、三谷もみそらも、さんざん考えた挙げ句、互いに三つずつ応募した。受かれば実際のインターン期間は数日から二週間ほどだけれど、年明け――つまり後期試験、さらに三谷の場合は江藤先輩の卒業演奏会の伴奏時期ともかぶってくる可能性がある。
発表会の一週間前くらいにエントリーの結果がきて、ふたりとも、それぞれひとつずつ受かっていた。音大出身の生徒が一般企業に受かるのは難しいと理解していたので、ふたりしてほっとして、そしてそれまでの苦労を思い返してしばらくげっそりしたのもいい思い出……になるといい。
とくにみそらが受かったのは副業可能なベンチャー企業で、葉子の件ももちろんだけれど、そもそもみそらがどうして副業可能な企業を志望したのかを知っている三谷は自分のことのようにほっとした。それと同時に、葉子が言った「選べる」という言葉が頭をよぎる。
みそらが副業可能な企業に行きたがるのは、木村先生のレッスン、もしくは演奏会などの手伝いを卒業後も続けられる可能性を残したいからだ。みそらに感化されたわけではないけれど、やっぱり葉子の言葉が引っかかって、三谷も三つのうち二つを副業可の企業にしていて、通過したのはその二つのうちのひとつだった。
互いにメールなどで正式な申し込みや返信に追われ、講義もこなし、練習し、みそらの公開レッスンに出て、……とやっていると、あっという間に発表会の一週間前になった。はっきり言ってここまでやれたのはいっしょに暮らしているから、というのもあるかもしれない。とくに夕飯の共有の功績は大きい。毎日ちゃんと夕飯を誰かと食べることがこれほど日々の活力になるとは――と、一人暮らしになって久しく忘れていた感覚を思い出せたのもいい経験と言えるのだろう。
「あ、
風呂上がり、乾かした髪をひとつにまとめたみそらが小さなバーアイスを片手に、テーブルに置いたスマホを覗き込んでつぶやいた。普段はあまり食べないようだが、今週に入って「インターンと公開レッスンのセルフご褒美」と称して一箱を買い、二人で気が向いたときにつまんでる。
「日程決まったって。来週の金、土、日で決定って……発表会、どんかぶりじゃん」
発表会は土曜の夕方だ。みそらは眉をしかめてスマホをじっと見た。
「終業式が終わってすぐ来るってこと?」
「木曜が今年最後の出校日だからそうなるね。にしてもこの時期、ホテル代たかそう……」
みそらが「いる?」とアイスを差し出すので、うなずいて一口かじる。バニラのあまい味と冷たさが風呂上がりの
「そもそもなんだけど、なんで山岡の部屋に泊まろうと思ったの? よくわかんないけど……あの年齢なら友だちといたほうが楽しいんじゃない?」
三谷自身はきょうだいがいない一人っ子なので、そのへんの機微にうとい。ストレートな質問に、みそらは「ああ」と苦笑した。
(6-2に続く)
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