1-3
(承前)
「とりあえず、昼ご飯食べに行きなさい。学食?」
「ああ、うん、たぶん……」
そういえばあれから
「
「ううん、月曜だから家で朝昼兼用を食べてきた。あとはここで用意するか練習してるわ」
ほんとうにこのためだけに早めに来たのか、と思う。みそらがそれをしみじみ考えながら部屋を出ていこうとすると、「みそら」と呼ばれた。
「ありがとうね、話、聞いてくれて」
みそらはまたたいた。ありがとうだなんて――そんなの、自分こそが言う言葉だろうに。胸がつまって何も言えなくなって、みそらは首を横にふる。
「じゃあ、また明後日ね」
「……うん」
先生としての葉子の言葉にしっかりうなずいて、ドアを開ける。この部屋に入るまではまったく考えつきもしなかったことを抱えて部屋を出るなんて――と思いながら、スカートのポケットからスマホを取り出す。
『今どこ?』という、いつもとテンションの変わらないメッセージが届いていて、思わずほっとする。みそらはレッスン室前の廊下を歩きながら、そのまま通話に切り替えた。ほんの数コールでつながる。
「はい」
「ごめん、今、葉子ちゃんのレッスン室から出たところ。そっちは今どこ?」
「二階のロビー」
ということは、二限の講義があった階だ。ひとつ下の階なので、「すぐに行く」と言って通話を切り、駆け足で移動する。
「ごめん、連絡うっかりしてた」
「いいよ、大丈夫」
ロビーのベンチで待っていたのは、いつもどおりの三谷
「どうしたの」
「いや……」
すこしだけ口ごもると、そのままやわらかく腕の中に閉じ込められる。
「ごめん、朝ねぼけてて」
「え、それ気にしてた?」
びっくりして言うけれど、相手の顔は見えない。
「子どものときから朝弱くて、起きて最初の十分ってあんま記憶ない」
「なんだ、じゃあやっぱりうちの弟とおんなじ」
みそらがつい笑うと、「そうなんだ?」と三谷がすこし体を離す。その分表情はよく見えるようになった。数時間ぶりに近くで見た三谷の顔は、やっぱりきれいだった。
「うん、あの子もずっとあんな感じだったから。だからぜんぜん大丈夫」
「弟って三つ下だったっけ」
「そう、だから今、受験真っ最中なんだよね」
「こっち受けるの?」
「ううん、地元の公立だけ」
「へえ、頭いいんだ」
「姉と違ってよく出来た子ですよ。心配なのは寝起きくらいで。受験に向けて朝弱いのどうにかしたいって言ってたけど、――なんかいい方法ある?」
「どうだろ……月並みだけど、やっぱ毎朝同じ時間に起きる、じゃないかな。あと絶対に夜ふかししない」
「高校とかもそうしてたってこと?」
「九割はね」
「あと一割ってなんなの」
思わずそう言って、ふいにみそらは、したいな、と思った。そのまま軽く爪先立って、軽くふれるように口づける。数秒だけそうして離れると、三谷はちゃんとみそらを見て、それからふわっと笑った。
「唐突」
「……そうですか」
なんだか自分からしておいて予想外の表情を見てしまい、いまさらながらどきどきする。どういうこっちゃと思いながらも相手は離してくれなくて、そして昼休み中だからか、誰もいないことをいいことに三谷に体が任せっきりになる。
「葉子先生のところに行ったのってなんだった?」
「あ」とみそらは声を上げた。忘れてた。こんな大事なことなのに。
「そう、それ、けっこうすごい話題で、――でも、昼ご飯食べるよね?」
ピアノ専攻の三限は座学だったはずだ。食べておかないとつらいだろう。
「急ぎ?」
「じゃなくても大丈夫」
「じゃあ三限終わってからでもいいか。それか家で」
「うん」
「ていうか、――今日からどうする?」
「どうって――」
何が、と言いかけて、みそらは言葉を途切らせた。あのときの葉子の言葉がいまごろになって効いてくる。――してないのってまじでそれだけだった。ほんと。葉子ちゃんは正しい。
「……それも三限のあいだに考えとく。図書館とかで」
みそらの言葉に、三谷は「わかった」とだけ言って笑う。それが予想以上にやっぱりまぶしすぎて、今さらながらどうしようとちょっとだけ思った。――すごく、いい意味で。
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