1-2

(承前)


「昨日のみそらを見て、歌を聞いて、お願いできると思ったの。もちろんさっき言ったように、就活次第で変わると思うし、それはこちらも織り込みずみよ。副業がだめな企業に行きたくなることだってあるかもしれないし、それはもう縁だもの。それに、地元に帰るっていう選択肢も、まだ残ってるだろうし」

 どきりとした。最近その選択肢は考えないようにしていた――それを見抜かれた気がした。

「だから、これはまだ案です。でも、みそら次第の案。わたしとしてはぜひともお願いしたい。状況が許さない可能性も考慮して、それでも今わたしがお願いしたいのは山岡みそらなの。だから――ぜひ考えてほしいと思ってる」

 教える――教職課程なら、入学当初から取る予定にしておらず、それは二年生になっても変わらなかったし、その選択をいっさい後悔していない。時間はレッスンやコンクールにあてたかったし、就職して生きていくなら一般企業だと思っていた。けれど――そうじゃない道が、まさか、ここにきて。

 みそらが軽く呆然としているのを見て取った葉子ようこは、すこし口調をやわらげた。

「一番優先すべきなのは、みそらの気持ちだからね。もし副業OKな企業に決まったとしても、やりたくないのなら断ってくれてかまわない」

「それはな――」

 思わずこぼれた言葉に、みそらは自分でびっくりして口を押さえた。「それはない」って、じゃあ、わたし、この案を、もし状況が許すなら、受けるってこと――

 自分の言葉に混乱しかけたみそらの膝を、スカートの上から葉子がとんとんとやさしく叩く。

「ごめんね、びっくりさせちゃって。でも何回も言うようだけど、本気だからね。だから、自分の就活と合わせて、ゆっくり考えて。ね」

 やわらかくもはっきりとした意思の見える声に、みそらはうなずいた。まさに青天の霹靂――でも、この上ない喜びが体じゅうにあるのがわかる。

 ふふ、と葉子は小さく笑みをこぼした。

「けっこう即答だったわね」

「……まだわかんないって言ったのは葉子ちゃんでしょう」

「うん。でも、やってくれるでしょう? みそらなら」

 みそらは口をつぐんだ。今の言い方はずるい。

「まあ、いまの話はこれくらいにしておきましょ。まだ時間はあるんだからね」

 最後の言葉だ、と感じ、みそらは背筋を正した。

「はい」

 レッスン中のような返事に、うれしそうに葉子は微笑んだ。こんな先生になれるものだろうか――と、一瞬、そんな考えがよぎる。

「それと、ちゃんとけり、つけた?」

 流れるように話題が変わった。油断した瞬間だったので思わず顔に出たかもしれない。雑談の口調になった葉子は、「まあ大丈夫だとは思ってたけど」と軽い調子で付け加えた。

「――じゃあなんで聞いたの」

 思わずうらみがましい声がでる。これが肯定の言葉になると、いつもならわかるのにまんまと引っかかってしまったことにも腹が立つ。葉子は「うーん」とすこし考えたようだった。

「まずはあれよね、ドアの前で神妙な顔してるんだもの。怒られる小学生かと思って。それでけっこうぴんとはきたし。あとは服装。めちゃくちゃかわいくて気合入ってるのに露出少なめだったから」

 さすがに息が止まる。みそらは三秒そうして、つぎに大きく息を吸って、それからやっとの思いで言葉をついだ。

「葉子ちゃん、ほんと、まじで最低……」

「あはは、ごめんごめん」

 こないだは「最低でけっこう」だったのに、今回は素直にごめんと言われる。それもなんだか腹が立つ。

「でもそのロングのAラインスカートかわいいよ。みそらは腰も細いからなんでも似合うんだよね」

「葉子ちゃん、まじで喧嘩売ってる?」

 きれいな曲線を描く葉子に言われると、さすがに今はそうとしか返せない。それが気恥ずかしさからだというのもしっかり自覚しているので、もうどうしようもない。

 というか、それこそみそらだって聞きたいことはある。江藤えとう先輩とのことだ。こないだからある指輪だって――しかも左手の四の指に――、江藤先輩の思わせぶりな言い方だってそうだ。でも同時に、うまくいっていればいるほど言えないのだろうというのもわかる。年齢の問題ではなく、立場の問題だ。


(1-3に続く)

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