1-2
(承前)
芸術分野にはよくあることで、やっぱりみんな、前期が終わるくらいまでは「就活」という雰囲気を出さなかった。試験に対する練習がしみついてるからだ、とも思うし、まだ諦めきれない、ということもあると思う。
夏休みのコンクールを最後の思い出にする、という友だちだって何人も見た。入学当初はプロをめざしてと言っていたのに、とも思うけれど、受け皿の少なさを考えれば当然の選択だ。
木々の色が秋色になるにつれて、仲間の服装がモノクロになっていく。自分の服はまったく派手じゃないのに、それでもなぜか浮いている気がするような気分を味わうようになったのは、後期に入ってからだった。むしろ普段着を着ている後輩といるほうが気が休まることも増えて、今もこうやって練習棟の一室にいる。もちろん伴奏合わせという大前提だってある。ディプロマ・コースの試験が無事終わったとはいえ、次は最後の試験、つまり卒業演奏会をかけたこの学校での最後の勝負がある。そして同時に、
ただ、必要以上にそれを後輩に背負わせるつもりはなかった。そもそも
「山岡さんって、こっち就職希望なの?」
だから、話すときはこうやってふつうの話をする。三谷はうなずいた。
「今のところはそう聞いてます。木村先生のレッスン、できれば続けたいからって」
「なるほど、戻るとなると遠いもんね」
自分や三谷はまだ近いほうだ。みそらの地元となると、気軽に月に何回かのレッスンに、というのは難しい。それであればこちらでの就職を考えたほうがたしかにいい、と納得し、また同時になるほどと思う。そっか、山岡さんは続ける気、あるんだ。じゃあ、そりゃあもやもやするよね。
良くも悪くもぶれがないのが、このかわいい後輩だ。
みっちゃん、山岡さんの伴奏、ほかのだれかにとられてもいいの。
心の中の疑問は、でも口には出せなかった。そんなことを言ってしまえば、この後輩の信頼を少なからず失うだろう。わかっていて口には出さない、というのは、三谷だって自分に対してやってくれているのだし、そこはおあいこのはずだった。
自分が特待生として生きるしかなかったことが葉子に惹かれる要因のひとつになったように、三谷夕季にとって、音楽を大好きなまま一般人として生きようとしているみそらがまぶしく映るのは当然のことのように思う。たぶん、似ているのだと思う。濃度というか、解像度というか、人生における音楽の役割が。だから一緒にいられる――伴奏とソリストという、対等な関係でいられる。
二人をつなぐのは音楽だ。音楽がなければ、恋もなにも成立しない。そもそもここで出会うことすらない。それと同時にその音楽がいずれ足かせになるのだろうかと、そういうところが心配だった。ひとりならいい。三谷夕季ひとりなら。ひとりで生きるなら。でもたぶん、――いやきっと、みっちゃんと山岡さんはそうじゃない。
そう思うのは、自分のエゴだろうか、とも思う。音楽をどうしてもあきらめなかった自分。その先に羽田葉子がいるからこそ、どうやってでもあきらめたくなかった。それと比較しているつもりはないけど、――でも、おせっかいは焼いてしまいたくなる。
(1-3に続く)
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