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「みっちゃんさあ、どうやったらこんなふうになるの? みそら、きみの心配しまくりよ?」
「それは俺が訊きたいんですが」
数時間後に三谷夕季がいたのは、自分の主とするピアノ専攻のレッスンだった。彼はいつも通り譜面台に楽譜を並べながら、担当講師の言葉に疑問を返した。
「山岡ってこんなところで気を使うっけ……」
「うーん、そうね……」
愛弟子の言うことはもっともだ、と羽田葉子は思った。
山岡みそらは――おおざっぱに言えばだが、本来、自分の意志を貫く代わりに相手の意志も尊重するタイプで、女子の中でも竹を割った、と言われる部類に分類できる。その彼女が今回の友人の申し出に戸惑うのは、しかしここ数ヶ月の彼女ならば仕方ない気もした。
自分が伴奏に悩んでいる時に、あんなに完成されたものを聴かせられたらたまらないだろう。みそらの中で知らず、自分の評価が下がっているのは間違いなかった。なのに今回、その相手が伴奏を申し出てきたのだ。みそらの混乱は、自己評価と他者評価のずれのあらわれだった。
しかし、歌のフィールドで彼女をフォローするのはわたしではない、と葉子はみずからを戒めた。それは木村先生の役目であり、自分はあくまで副科ピアノの講師でしかない。
そして今回伴奏を申し出た三谷夕季は、自分が担当している生徒だ。葉子にしてみれば、満を持して、という感覚だ。
「何にせよ、みっちゃんに気を使ってるのは確かなんだから、きみがしっかりしないとね。ここでのレッスンも、講義も、伴奏も、就活も、全部」
「わかってる。とくに伴奏は仕事みたいなもんなんだから、きっちりやるよ」
葉子は何度か瞬いて三谷を見た。
「……なんだか、
「藤村先輩?」
藤村とは、二年前まで江藤颯太の伴奏を担当していた男子生徒だ。三谷にとっては伴奏の師匠のような存在と言えた。今は他大学で作曲を勉強していて、今ではまれに劇伴などにも関わっていると聞いている。
「仕事だなんて言うから」
「たとえだよ。みたいなもん、って言ったのに」
生徒から呆れられてしまったが、葉子はひそかに首をひねった。もしかすると、本当に似てきているのかもしれない。
「あとは、去年から話してた秋のコンクールね。受けられるとしたら今年と、就活を早めに終わらせた場合の来年よ。――コンチェルトの学内選抜は今年も受けないのよね?」
「……すみません」
江藤先輩とみそらの伴奏をやるとなると、やはりスケジュールは厳しい。先輩はもとより、みそらも何しろあの木村門下の生徒なのだ。とくに伴奏に力を入れていなくとも学年五位以内をキープしてきたのは伊達ではない。葉子は諦めたように息をついた。
「――でしょうね。けど、譜読みと練習は続けなさいよ。対策は考えるから――まずはみそらの伴奏に専念なさい。あ、もちろんこのレッスンと颯太のことをやるのは大前提だからね」
「わかってるよ」
注釈の多さに思わず三谷が笑ってしまうと、そこで葉子もやっと微笑んだ。そうしてゆっくりと呼吸をする。
「個人的にはね、嬉しいのよ。みっちゃんがみそらの伴奏をすることは」
三谷の視線に、葉子はさらに微笑んだ。柔らかく、レガートの美しい声だった。
「きみらには、たくさん幸せになってもらいたいからね」
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