月のある虚無

Wkumo

 夜中。部屋。同居人がぽつりと呟く。

「お腹が空いた」

 君はいつもそうだなあ、と僕。

「お腹が空いたんだ」

「こんな夜中に食べると身体に悪いよ」

「何か食べたい」

 同居人はゆっくりと部屋を見回す。

「食べるものはないよ」

「空間の欠片でいいから」

「この部屋の空間は君がほとんど食べちゃったじゃあないか」

「じゃあ虚無を食べる」

「虚無なんか食べたらますますお腹が空かないか?」

「わからない、やってみないことには」

「じゃあやってみたまえ。責任は取らないからね」

 同居人は立ち上がり、虚無から虚無を一つ取って口に入れる。

「モグ……」

「どうだい、味は」

「悪くはない」

「でも、美味しくはない?」

「食べたことのない味がする」

「知らない味ってことか。僕も食べてみようかな」

「やめた方がいい、人間が食べるとお腹を壊す」

「人間じゃないんだけど」

「そうだった」

「裏側だよ」

「そうだった」

 僕は虚無から虚無を取ろうとして、すり抜ける。

「あ、駄目だね」

 もう一度取ろうとするが、すかすかと通り抜けてしまう。

「取れないか?」

「掴めない」

「裏側でも虚無は無理なのか」

「同質だからこそストッパーか何かがかかってるのかもね」

「裏側と虚無……同質」

「たぶんそうだ」

「虚無はいくら食べても無くならないから良い」

「案外食べすぎたら無くなるかもしれないぞ」

「どうだろう、やってみないことには」

「君はなんでもやってみる主義だねー。お腹壊さないのが不思議だよ」

「丈夫なので」

「まあそうだね。……僕は何か食べるものを買ってくるけど、何がいい?」

「一緒に行く」

「一緒に来るの?」

「一緒は楽しい」

「そうかあ……。じゃあ来るといい」

「うん」

 同居人は立ち上がり、ととと、と僕についてくる。

 月が出ていた。

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