第8話 侍従
初見の挨拶を無事終えて、ふと振り返ったら既にゴッサンは居なかった。
「ええ~…何か一言あっても良くない?」
そんな僕の心情はさて置き、メイド長と思われる方から指示されていたメイドさんに部屋に案内されて取り合えず落ち着く。
部屋は凄いの一言。
ソファーもベッドもふかふかで絨毯までふかふか。
家具も僕では価値は分からないが素晴らしい物だと言う事は分かる。
アレもコレも奴隷商館で学んだから分かるけど、村から出たてじゃ分からなかったね。変なとこで奴隷商館に感謝だよ。
この部屋はまだ契約前なのでお客様扱いの為、客間に通されたらしい。
屋敷内で既に噂は回っていて、拉致されたエルフの少年を旦那様が助け出して執事候補に考えてるとか?凄く優秀で魔法もエルフならではの上手さを見せると?
いやいや話が飛躍してますから。大体あの奴隷商では魔法が苦手な残念エルフの筈でしょ!?話に尾ヒレ背ビレが付いて泳ぎ出してるよ。
それよりロココとラササの姉妹がどうしたのかが気になるところ。
最初に雰囲気に充てられて気を失ったのは分かってたが、その後、気配無くメイドさんに抱えられて退場して行ったのは知ってた。
魔法結界は張られていなかったので気配察知を使ってみた。
これならバレても言い訳が利くかなと思ったからだけど…
「うわっ…」
思わず声が出た。
何だココ?あちこちに魔法障壁があって気配探知が弾かれる。
これってきっと侵入しても探索出来ない様になってんだよね?
それにこれだけ広ければどこかに潜伏する事も出来そうだけど、それも出来ない様に?いや直ぐバレる様になってるのか?
侵入して潜伏してると、いつの間にか捕まってる感じだね。
怖っ!
んじゃ、気配探知じゃなくて魔力探知は?
ん~……ダメか。
魔法障壁は潜れないな。スゴイな。多分区分けにして分かりやすく守りやすくしてるんだろうね。
ココに雇って貰えたら魔法も教えて貰えるかな?
あっ残念エルフの設定じゃダメかな?それなら……
流石に色々あって疲れてたのか、考えてるうちに意識は遠くなって行った。
ZZzzzz…
コンコン…コンコンコン…
「あっ!」
ノックの音で飛び起きた。
一瞬、奴隷商館での朝練に寝坊したのかと思って冷汗が出た。
朝練に遅刻すると朝ごはんを食べる時間が無くなるんだ。あれはキツイんだよね。
コンコン…
「はい。すいません。今開けます。」
扉を開けると最初にメイド長さんかな?って思った初老の品の良いメイドさんが立っていた。
「お疲れのところ申し訳ありません。私、メイド長を仰せつかっております。アイリスと申します。」
「はい。ご丁寧にありがとうございます。私はクロスと申しますが、ここでは何ですからどうぞお入り下さい。」
扉を開放して部屋に招き入れようとしたんだけど、何かビックリ目で見られてしまった。アイリスさんの後ろに若いメイドさんが二人付いてたけど、その二人もお互い顔を見合わせてパチクリしている。
「それでは失礼いたします。」
最初にアイリスさんが入って、後二人も部屋に入ってから静かに扉を閉める。
その様子もビックリ目をしている。
「改めまして、本日からフリードリヒ侯爵家にお世話になる事になりました。クロスと申します。どうかよろしくお願いします。」
「…大変ご丁寧にご挨拶頂きましてありがとうございます。」
にこやかにアイリスさんは挨拶を返してくれて、お付きの若いメイドさんもそれぞれに挨拶してくれたけど、随分赤い顔をしてたから暑かったのかな?
メイド長たちが来たのは、挨拶も兼ねて今日の予定を伝えに来てくれたそうだ。
この後、湯あみをしてから執事長と侍従長に挨拶をする。そして旦那様との会食が有るそうだ。
え!?旦那様との会食って、マジですか?…とは言えないよね。
食堂の隅で残り物とか貰う立場と思ってたんだけど、客間に通してくれた事といい、今日は夢を見せてくれるみたいです。
そうか。持て成される経験が無いと、どうして欲しいのかが分からないよね。
中々奥深いね。
その後、浴室に案内して貰って使い方や着替えなどを教えてもらい、湯あみを堪能する事にした。
そんな事を考えながら湯あみをしてる頃、メイドたちはクロスの噂話をしていた。
「ちょっと今日来たエルフの男の子見た?」
「すっっっごいイケメン!ヤバい!可愛い!」
「まだ10歳くらいでしょ?将来が恐ろしいよね。」
「歳の近い娘たちはみんな浮足立ってるよ。」
「所作も礼儀も完璧!あの歳でそんな洗練されてるなんて高位貴族のご子息でもそうは居ないよ。」
「やだ。王族なみじゃないですかぁ。」
「エルフ狩りで攫われて来たんでしょ?そんな教育行き届くもん?」
「あの高額奴隷を扱う商会で教育されてたんだって。かなり優秀だったみたいよ。」
「それでもほんの数か月の教育であの所作なの?天才でしょ。」
「エルフって事は魔法も優秀なんでしょ?将来めちゃ有望だね。」
「おお~!こりゃ争奪戦が恐ろしいわ。」
「暴走する娘が出ない様にしないと…メイド長のカミナリが怖い。」
「「「うんうん。」」」
「あなた達!そこで喋ってないで手を動かしなさい!」
「やべ!」
「はい!ただいま!」
「はい!申し訳ありません!」
蜘蛛の子を散らすように若いメイドたちは散って行った。
それを見ながらメイド長は溜息を付く。
個人情報なんて概念の無い世界。クロスの噂は出回っている。
将来有望なエルフの男の子。容姿端麗。頭脳明晰。礼儀正しく所作も完璧。そんな男の子に若い娘たちが騒がない訳が無い。
そうするとやっかむ男性が出てくる。それこそ見習いの執事や侍従として先に入ってる男たちは面白くないだろう。
クロスは見習いの侍従候補。お嬢様の希望でそうなった。
と言う事はお嬢様と接する事が非常に増えるので、ますます周囲が嫉妬する可能性がある。
そう考えるとメイド長は頭の痛い思いだった。
執事長と侍従長によく相談して暴走する奴が出ない様にしなければ。
でも、クロス君。可愛かったなぁ~。あんな息子が居たらもう溺愛しちゃうね。
…いけないイケナイ。私が先ずはしっかりしなきゃね。
メイド長だって女性である。
因みにここでは、執事とは家事全般を取り仕切る位置付けであり、主な仕事は家の事である。執事長は侯爵家の全てを取り仕切る権力者である。
侍従とはお付きの者であり、権力者や有力者に付き従い雑用から主人の仕事の補佐まで行い、主人の言い付け次第で仕事の線引きが難しい立場である。侍従長はフリードリヒ侯爵に付き従う者であり、執事長とは二人三脚でフリードリヒ家を回している。
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