第2話 奴隷商
乗り心地の悪い馬車に揺られて3日間。
漸く到着したようだ。
薄暗い建物の中、追い立てるように部屋の中に追い込まれて、ここでロココとラササとは別にされた。
ごっつい身体をした背の低いおっさんに、お湯の沸いた部屋で着てる物を剝ぎ取られて、お尻の穴まで洗われた。
こ、こんな辱めは無いとプルプルしてたら、タオルと服が渡されて、
「体を拭いて着替えろ。」
野太い声で命令されたので大人しく言う事に従ったが、正直に言ってサッパリした。お湯で隅々まで洗われたのは、後で知ったが何も持っていない事を確認したそうだ。
馬車での移動は酷いもんだった。
朝晩に固いパンと薄い塩味のスープを渡されて、食事はそれだけ。
ロープに繋がれて草むらに入ってトイレタイム。
その辺の草で尻を拭くので、場所が悪いと良い草が無くて後で尻がヒリヒリする。
男の僕はまだしも、女の子たちはとても辛そうだった。
汚い顔のおっさんがニヤニヤしながらこっちに来て、
「尻が痛てぇのか?良い草が無いとこは手で拭いて、手を草で拭くんだ。その後ちゃんと洗えよ。」
おお!素直に感心してしまった。
人攫いの犯罪者だけど、ちゃんと良いとこもあるもんだ。
一緒に居ると情が湧くって奴だろうか。
馬車の中でも、一人一枚毛布があるので、丸めて尻に引けば辛くないとか教えてくれて、顔は汚いけど良いとこあるなって言ったら殴られた。
話してみるとそんな悪い大人じゃなさそうなのに。
「この世界は一旦入り込んだら抜けられねぇんだ。ガキどもには悪いとも思うがよ、こっちも命がけなんだ。」
「俺らは運ぶだけの運び屋だからな。直接攫う奴らは別に居る。だから恨むならそいつらを恨みな。」
それでも僕たちの人生を踏みにじった手伝いをしてんだから許せないけどね。
馬車の到着地は、後で知るのだが奴隷商の屋敷だと。
屋敷の中に馬車ごと入って外から見えない様になってるみたいで考えられてる。
その時は止まったから降りろって、黙って言う事に従っただけで、深くは考えなかった。
僕は洗濯されて、ゴワゴワした麻の貫頭衣を被って、下は同じ麻の半ズボンを穿いた。
下着は無し。ゴワゴワしてるし気持ち悪いがしょうがないのか。元々はいてた下着は捨てられたのかも知れない。
繋がれたロープに従って部屋を移動する。
そこに背もたれの無い長椅子が置いてあって、そこで待たされた。
座って周囲を見回す。
何かの控室の様で、調度品も無くシンプルな部屋。扉は前後に2か所。
何の部屋だろうと見回すが見当も付かない。綺麗に掃除されていてゴミや埃も無いから倉庫とかじゃなさそうだ。
見回すのも飽きて、長椅子に座る。手枷足枷が邪魔だし重い。
黙って項垂れていたら、ちょっとウトウトしてきた。
ガチャっと、僕が入ってきた扉から誰かが入ってきたので振り返る。
「あっ!クロス!」
「あっ!ロココ。ラササ。大丈夫か?」
「うん。」
「はい。静かに!!旦那様がいらっしゃる。」
そこには僕に枷を付けた偉そうな貴族風な若い男が居た。
黙って睨んでいたら前を向けと小突かれて、そこには前の扉から入ってきたらしい小太りの貴族が居た。
僕でも貴族くらいは分かる。
枷を嵌めた若い貴族風の男と違って、前に居る中年の男は貴族であろう。
立派な髭を生やし、服も高級そうだ。
「お前たちが、今日入ってきた者たちか?」
「「「………」」」
「旦那様がお聞きになっている。返答しろ!」
肩を小突かれて長椅子から落ちそうになると、目の前の中年の貴族から叱責が飛ぶ。
「おい!乱暴にするな。大事な商品だぞ。」
「あ、はい。申し訳ありません。」
貴族の説明によると、ここは奴隷商で目の前の中年貴族は貴族じゃなくて、奴隷商のオーナーだそうだ。
僕たちを一週間から1か月ほど教育してから、本当の貴族家へ売り渡される事になるので教育してやるからしっかり学習しろと。
きちんと言う事を聞けば酷い事はされないし、食事もちゃんと出る。
健康で教育の行き届いた奴隷として取引されるので、自分たちの心がけ次第で待遇が変わるから、しっかり理解するように。
という事だった。
中年貴族は旦那様と呼べと言われて、教育は若い方のジャンという男が行うようだが、乱暴されたら旦那様に言いつけてやろうと思ってる。
話の後はまたロココたちとは別にされて、今度は魔法結界の張られた広場のような所にやって来た。
僕はまだ魔法結界は張れないが分かる。多分魔法が当たっても防いでくれる結界だと思うけど…ここは魔法練習場かな?
練習場には一緒に来たジャンの他に、僕を洗った背の低いごつい男と、ローブを着た男が待っていた。
「来たか。」
「……」
「待たせたな。」
ローブの男が声を掛けてきてジャンが答える。
ごつい男は何も言わない。
僕は内心で男たちに名前を付けることにした。
ジャンは名前を聞いてしまったからジャンでしかなくなったけど、ローブを着てる男はローブにしよう。ごつい男はゴッサンでどうだ。
ピッタリな名前に内心でニヤニヤしまったが、表面上は不安そうにしておく。
「お前の名前は?」
「……」
唐突にローブが聞いてくる。
なんて答えようか迷ってるとジャンが答えてしまった。
「こいつ、クロスって名前らしい。獣人の女がそう呼んでた。」
ジャンの奴、余計なことを。
でも、自分からは余計な事は言わないでおこう。
「クロスってーのか。お前魔法使えるんだろ?枷を外してやるから魔法使ってみろ。ああ、言っておくが俺たちに向けたら大変な事になるからな。それでも良ければやってみな?」
ローブは至って真面目な顔でそう言った。
魔法を使えるのはチャンスだけど、こいつらを無力化しないで逃げるのは難しいよな。それに、ロココとラササが何処に居るか分からないし、今はまだ大人しくしておくべきか。
「……」
ゴッサンは何も言わず、ただ鋭い目でこちらを見ている。
「あっちにカカシが立ってるだろ?あれに向けて何か魔法打ってみ?」
ローブがそう言う横で、ゴッサンが手枷足枷を外してくれた。
首輪もいったん外すが、何か違う首輪が付けられた。
ジャンは後ろに下がって見ている。
手枷足枷を外してすごいスッキリした。
これなら魔法を使える。
でも、この首輪は、なんだ?
思わず首輪に鑑定を掛ける。
『隷属の首輪
主の定めた条件に反すると締まる』
…こいつらやっぱり人でなしだな。
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