事例20 ニワトリ課③

「では、よろしくお願いします」


 警察病院エントランス外に、1台のパトカーが停まっている。そこへ、アゲンバがゲビドアを連れてきており、パトカーの中から出てきた警官が「了解しました」とゲビドアの身柄を受け取る。ゲビドアは、抵抗することなく素直にパトカーに乗る。


 そこに、ヨールが近づいてくる。


「あ、あのっ! ……ゲビドアさん」


 パトカーの扉を閉めようとしていた警官が、動きを止めてヨールを見る。車内のゲビドアもヨールの声に反応し、泣きらして充血した片目を彼に向ける。


「ヨール……」


「その……ボクの力じゃ、アナタの心の傷を完全には癒せなかったけど。でも……あの時ボクを抱き締めてくれた、優しいゲビドアさんのままでいてください」


 ゲビドアが、驚きで目を丸くする。そして、再び目に涙をにじませながら、彼に微笑みかける──その笑顔は、不器用ながらも優しさに満ちている。


「……ああ。ありがとう。キミは、本当に良い子だね」


 それを見届けた警官が、今度こそパトカーの扉を閉める。パトカーはそのまま警察病院の敷地を抜けて、ヨールたちの視界から消えていった。


「……さて」


 アゲンバが、周囲を見渡す。現場が病院であり、かつある程度破損したとはいえ設備はほぼ無事であったこともあって、負傷者の多くはこの警察病院で手当てを受けている。未登録の夢追人ドリーマーでないことを確認された外部の医療スタッフたちが懸命に処置を行っているが、手遅れだった者も大勢おり、病院内には多くの遺体が一時的に置かれている。


「……カレ1人の力でこれだけの被害を出すとは。リュビカを壊滅させた『アユゴ』といい、展望ラボの戦力はかなり厄介ですね」


 アゲンバの言葉を聞いて、ヨールはうつむく。エスマナフが、そんな彼の肩をポンと叩く。


「大丈夫。やったのはアナタじゃないじゃないの。むしろ、アナタは犯人を改心させちゃったんだから。胸を張って誇って良いのよ」


「でも──」


「その通りだな」


 タナリオが、脇腹を痛そうにさすりながらヨールのもとへと歩いてくる。


「そもそも、今回はヨールがいなければオレたちも危なかった。気に病む気持ちもわかるが、気にしすぎても仕方ないぞ」


「で、でも──」


「んー、そうだな。マジカル、この辺で旨いパフェが食える店とか知らないか?」


 ナネロが、しばらく考えてから返事をする。


「……なれば、大通り沿いにある、世界最高峰の名を冠する専門店『リヴレスト』など如何いかがかな。値段に見合わぬマジカル☆フルーツの山を登ること叶う店なり


「サンキュー。じゃあ、『闇医者』のとこに行く前にそこでも寄るか」


「え……いや、その……」


「タナリオくん。いくらクモ屋のカレらの行き先がわかっているとはいえ、そこまで悠長にしている暇はありませんよ」


 アゲンバが苦笑しながら指摘する。タナリオは、ややばつが悪そうに頭をく。


「まあ、『闇医者』の件が片付き次第行っても良さそうですね。マジカルくん、オススメは?」


「い、いや。パフェなんて、そんな──」


「『エドモンド・ヒラリー』。ゴロゴロと大きなフルーツが敷き詰められた巨大なるパフェ。けわしき霊峰れいほうを初登頂せし男の、爽快にしてマジカルなる気分の味わえる逸品いっぴんにて」


 ヨールが遠慮がちに断ろうとするが、それを遮るようにナネロが答える。アゲンバが満足そうにうなづく。


「良いですね。じゃあ、終わったら是非行きましょう。パフェの話をしていたらお腹も減ってきましたし」


「賛成~。アタシも糖分摂りたいわ」


 自分以外の間で勝手に進んでいくパフェの話に、ヨールがアワアワと困惑する。


「い──いや、いいですよ。ボクお金ないですし……」


「ん? ああ、気にしなくていいぞ、そんなこと」


 タナリオが空中で手を振ると、いつの間にかその指の間には紙幣が挟まっていた。


「それくらいオレがおごってやるよ。オレもパフェ食いたいしな」


「えっ! いや、ええと……」


 ヨールが答えにきゅうしているのも気にせず、アゲンバやエスマナフ、ナネロといった他の面々が次々に声を上げる。


「あ、ワレの分もお願いします」


「アタシもアタシも!」


「なれば、この身も……」


「嫌だが? それくらい自分で払え大人ども」


 アゲンバとエスマナフ、そしてナネロが、肩を組んでタナリオにブーイングする。彼らを無視しつつ、タナリオは再び手を振って紙幣を


「見ろよ、ヨール。オマエより年上の大人がこんなにだらしないんだ、もう少し気楽にしていてもいいんだぞ?」


「……そう、ですか。……その、ありがとうございます、皆さん」


 ヨールが、ペコリと彼らに頭を下げる。それを見て、第1班の面々が──タナリオでさえも、安心したように微笑んだ。



 ナネロは、医療スタッフの仕事を手伝いつつ少し前のことを思い出していた。


『フフフフ。ようやくわかってくれたのだな。そんな冒涜的な女装趣味など捨てて、ワタシの家で暮らすべきなのだと』


 あの時の、父親の言葉。能力によって具現化された偽物の言葉であるとわかってはいるものの、それは未だに彼の心に深く突き刺さっていた。


(……思えば、あれから全く父と連絡を取っていなかったな)


 衝動的に家を飛び出し、アゲンバに拾われてから、既にかなりの月日が過ぎていた。ナネロはずっと警察官として奮闘し続けていたが、それは父親と向き合うことから目を背けるためでもあった。しかし、


『さァ、どうすンだ。フィジカルでマジカルなナネロさんよォ!』


 あの時、クモ屋のへドルに言われた言葉が彼の心に反響する。彼はしばらく悩んだ後、手を止めて医療スタッフに声をかける。


「失礼。少し電話をさせていただく」


「あ、はい。わかりました」


 スタッフの許可を得て、彼は敷地内の隅の方へと歩いていく。そして、そこで自身のスマートフォンを取り出して、父親の電話番号を入力する──電話帳にその番号はなかったが、彼はそれをしっかりと覚えていた。そして、入力し終わった彼は発信ボタンを押そうとして──


「──!?」


 突然、。慌てて、ナネロは応答ボタンを押してスマートフォンを耳に当てる。


「………」


『………』


 通話は開始されているのに、しばらくの間、気まずい静寂が流れる。ナネロも何か言おうとするが、上手く言葉が出てこない。しかし、それでも何とか一言だけ言葉を絞り出す。


「……そ、その。お久しぶりで──」


『ナネロ』


「……!」


 彼の言葉が終わる前に、突然父親の方が話しかけてくる。その言葉は非常に短く、簡潔だった。


『仕事は順調か』


「……は、はい」


『飯は食えているのか』


「ええ……」


『暖かくしているのか』


「……問題、ありません」


『そうか』


「………」


 再び、気まずい沈黙が両者の間に流れる。ナネロは1度深呼吸してから、口を開く。


「……『女装趣味』は、やめていません」


『知ってる』


「……! そ、その。ごめんなさ──」


『オマエは、それを恥じているのか?』


「……。いえ、全く」


『ならいい。自分で見つけた務め、しっかりと果たせ』


 そう言って、父親は一方的に通話を切る。不通音をしばらく聞いた後、ナネロはスマートフォンを耳から離す。


「……はあ~……」


 大きなため息と共に、ナネロはその場にしゃがみ込む。そして、そのまま空を見上げる。雲1つない青空が、ナネロの潤んだ瞳に映る。それを、アゲンバが少し遠くから見守っている。


「……フフ。、喜んでもらえたようですね」



 ナネロが手伝いを終えた頃。アゲンバが、ナネロに呼び掛ける。


「マジカルくん、ちょっとこちらへ」


「はッ」


 少し充血した目をしたナネロの様子を、タナリオやエスマナフが不思議がる。それを尻目に、アゲンバが続ける。


「さて、皆さん。先ほど、から連絡がありました。『クモ屋』の皆さんが、とあるビルに入っていったそうです。恐らく、そこが『闇医者』の拠点でしょう」


 それを聞いて、タナリオが顔を叩いて気合いを入れる。エスマナフとナネロも、首や腕を鳴らしている。ヨールは、気合いこそ入れていないもののゴクリと息をむ。彼らの様子を、アゲンバが満足そうに眺める。


「では、参りましょうか。ただ、パトカーで行くと流石さすがに警戒されてしまいますから……」


 そう言うと、アゲンバは指を鳴らして自身の後方を指差す。タナリオたちがその指の先に視線を移すと、そこには──


「おおっ!」


──タナリオが乗っていた黒い車が、ピカピカに磨かれた状態でまっていた。


「現場へは、この車で行くとしましょう。……フフ、それにしても懐かしいですね。あのオンボロ車」


「オンボロとか言わないでください、オレの愛車なんですから」


 あっという間に車の近くへと移動していたタナリオが、車の輝きに自身の目も輝かせながら言う。エスマナフとナネロが、その姿に少し呆れながら話す。


「……アイツ、扱いは雑なくせに一番あの車に愛着持ってるわよね」


「まあ、仕方のいことならん」


 そうして、アゲンバたちも車の周りに集まってくる。タナリオは、車の綺麗さ──といっても、表面が磨かれているだけで車体自体はわりと傷だらけで凹凸が目立つのだが──を味わいくしてから運転席に乗り込もうとする。しかしそれを、エスマナフが止める。


「ちょっと待って。この子は連れていけないでしょ」


 彼女に言われて、タナリオやナネロがヨールを見る。ヨールが気まずそうな顔をしているのを、アゲンバは笑みを浮かべて見つめる。


「……そういえば、ボク一応逮捕されちゃってるんですよね」


「まあ、一応手錠で繋いではいましたがね。罪自体は最悪の場合でも罰金刑程度になるぐらいのものですし、そもそもアナタは子供だ。大した罰も与えられないでしょう」


「でも、流石に犯罪者と警察の人が一緒に捜査しちゃいけないんじゃ……」


 ヨールが困った様子で口にした言葉に、エスマナフもうなづく。タナリオはどうしたものかと頭をいているが、アゲンバはその笑みを崩さない──それどころか、そのが増していく。


「そうですね、そうですね。では、ヨールさん。アナタの処遇を決定しましょうか」


「……は、はい」


 そう言って、アゲンバがヨールに近づく。そして、アゲンバは彼の手を掴んで自身の前に出させ、そこにどこからともなく取り出したクリップボードを置く。クリップボードにはボールペンと、1枚の書類が挟んである。


「では、ここにサインをお願いします」


「あ、はい──ん?」


 その紙に記載されていた文字列を見たヨールの頭上に、大きなハテナが浮かぶ。どうしたのかと思った他の3人が紙を覗き込み──


「ええーっ!?」


──テンプレ的な驚愕のセリフを斉唱する。


「ちょ、ちょ、ちょ、班長。アンタ、これ、これ……!」


「読めませんか、エスマナフさん? 『オメガ特殊捜査員任命契約書』ですよ」


「否、その、そのごとき話では……!」


「班長ッ! まさか、まさか──」


 彼らが大慌てしているのを見て、ヨールの頭上のはてなが更に大きくなる。しかし、次にタナリオが発した言葉によってそのハテナは氷解し──


!?」


「──!?」


 ヨールは言葉も出ないまま、あんぐりと口を開けて絶句した。

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