事例14 恐怖⑤

「──この、背信者めが!」


 霧のたちこめる廊下にて、牧師の格好をした初老の男と、その息子である魔法少女の格好をした筋肉達磨だるま──ナネロが向き合っている。そして、ナネロの父親が怒号を発しながら拳銃の引き金を3回引き、次々と弾丸がナネロ目掛けて飛んでいく。しかし、


「フン」


 発砲の度にナネロは目にもまらぬ速さで手を動かし、その後握り拳を開いて手のひらの上の3個の弾丸を見せる。ナネロの父親だけでなく、横にいるヘドルも驚きの表情を浮かべる。


(た、弾丸タマを全弾キャッチしやがッた……!)


 しかし、ナネロの父親はそれでも「何の!」と再び引き金を引こうとする。しかし、次の瞬間にはナネロは父親の目の前に立ち、拳銃を握って──否、いる。


はや──」


「遅い」


 ナネロはその場の誰も知覚できないほどのスピードで手刀を繰り出し、父親を気絶させようとする。


「ぶげ」


 結果として、父親は気絶するどころか手刀の勢いをもろに食らい──顔面から床のコンクリートに突っ込み、めり込んでしまう。


「……ム、少しやりすぎた、か」


 目の前の惨状を『少し』で片付けたナネロは深呼吸し、再び光に包まれる。そして、元のスーツ姿に戻る。


「……さて。これでひとまずは安心であろう。御仁ごじんよ、改めて感謝を──」


 ナネロが、ヘドルのいた方を振り向く。そこには、床に土下座しているヘドルがいた。


「ごめんなさい。おれもうわるさしない。だからおねがい。あそこまではしないで」


「……いや、まあ、せぬとも」


 2人の間に、シュールな空気が流れた。



「フゥ~、疲れた」


 霧の中の病室にて、左目を前髪で隠したエスマナフが軽く伸びをしている。その前には、やや壁にめり込んで力なく座り込んでいる、エスマナフのかつてのがいる。その顔は見るも無惨にボコボコにされており、完全にダウンしてしまっている。エスマナフはリラックスしたふうに振る舞ってはいるが、目の前の男に対する警戒は解いていない。何故なら──


「──全ク、善良ナ市民ニ何テコトヲスルンダ」


 ダウンしていたはずの目の前の男が、フラフラと立ち上がる。それを見て、エスマナフは心の内にあった仮説が事実であると確信する。


「やっぱりそうか。アンタら多分、敵の夢追人ドリーマーが出現させた、能力由来の存在とかそんなところなんでしょ。そもそも、ただの教師風情ふぜいが床にクレーター作るほどの力を持ってるわけないし」


「ふ……ふふふふふふふふ。ヨクゾ、ヨクゾ見破ッタナ、えすまなふ。面白イ、面白イゾ……」


 先ほど受けたダメージをあまり気にしていないかのように、教師がエスマナフを睨み付ける。その顔面は、いつの間にか殴られる前のものに戻っている。エスマナフは、顎に手を当てて考える。


(さて、と。このゴリラと戦っててもジリ貧だし、一時的にでもいいから無力化したいところだけど。病室のあっち側の会話を聞く限り、どうやら班長の強制気絶能力は通用するみたいだから──班長がゴリラの攻撃を感知してるのを信じて、3撃目をのが良さそうね)


 そして、エスマナフは両手を広げ、敵の攻撃を受ける構えを取る。


「さあ、来なさい。ジャングルに送り返してあげるわ」


 その様子を見た教師は、下品に笑いながらフラフラと歩き出す。そして、次の瞬間にはエスマナフのいる前方へと突進し──


「なッ──」


「誘ッテルノガばればれダ、えすまなふ!」


──そのまま、エスマナフを通りすぎて霧の中に消える。エスマナフはすぐに、あの教師が何を目標に走り出したのかに気がつく。


(ヨールか……! しくった、班長とあの子の間にはまだ能力が発動するだけの絆が無い! このままじゃ、あの子が──)



 ゴリラ教師の初撃の際、エスマナフに突き飛ばされたヨール。彼は今、病室の壁をつたってアゲンバとタナリオのところまでやってきていた。


「あ、2人とも!」


「……ヨールか。無事か?」


 ヨールは「大丈夫です」と言いながら、ゆっくりとタナリオたちに近づく。アゲンバもまた、ヨールの声を頼りに近づいていく。


「ヨールさん。エスマナフくんとは離れたのですね」


「あ、はい。正直、霧で何が起こってるのか良くわかんなくて……」


「結構。まあ、敵の攻撃のが2つしか貯まっていないのに対して、とてつもない数の打撃音がしますから……あちらはかなり圧倒しているようですね」


 タナリオが、服についたほこりを手ではたきながら口を開く。


「……ところで、班長。オレ、敵の能力がある程度わかったかもしれません」


「おお、本当ですか? いやはや、流石の洞察力ですね……。では、早速伺いましょうか」


「はい。この病室には、アゲンバ班長のお母さん、そしてエスマナフのかつての担当教師が現れました。これを鑑みるに、恐らく敵の能力は恐怖の具現──」


「ヨール、逃げてッ!」


 タナリオの話を遮るように、霧の向こうからエスマナフの叫び声が聞こえる。そして、次の瞬間には、タナリオたちの前に今にもヨールに殴りかかろうとするゴリラ教師の姿が現れる。タナリオが手を伸ばそうとするが、あばら骨の痛みで思わずまた床に突っ伏してしまう。そして、ヨールの眼前にゴリラ教師が登場した瞬間──


「──えっ」


──ゴリラ教師が、見たこともないような白衣の女性の姿に変形する。それを3人が目撃した刹那せつな、その女性の付近で閃光が走る。そして、病室が閃光せんこうに包まれ──


──辺りに、大きな爆発音が響いた。

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