事例10 恐怖①
「──ば、馬鹿な、そんなことあるわけが……」
「事実です」
警察病院の病室にて、ベッドの上のタナリオが椅子に座るアゲンバの発した言葉に驚いている。アゲンバは、ヨールのベッドの横で手元の手帳を見つめている。アゲンバの頭の包帯の一部が、空調の風で少し揺れる。
「リュビカ特殊刑務所において、刑務官や囚人など合計379人が、原因不明の頭部破裂により死亡しました。リュビカからの定期連絡が途絶えたことから調査が入り、結果として大量の遺体が発見されたそうです」
「……あり得ない。他の場所ならまだわかりますが、あのリュビカですよ? よりにもよって、
「ワレも、聞いたときは流石に腰を抜かしましたよ。まさか、3回目がリュビカだとは」
ふと、ヨールが気になるワードに反応する。
「……3回目?」
「おや、ヨールさん。ご存知ないのですか? ここ3ヶ月の間に2回ほど起こった、国軍基地における大量変死事件」
「えっ──な、何ですか? それ」
「あー、ヨール。キミ、展望ラボから離れてから、ずっとテレビも観てなかったんじゃないか?」
ヨールが、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「その……はい」
「なるほど、では無理もありませんね。まあ、先ほど言ったように、今回リュビカで見つかったような大量の変死体が、これまで2回ほど軍の主要な基地において発見されているのです。もちろんそれは、その基地の関係者の遺体でした」
「そうなんですか……。もしかして、それってまさかエリル先生と──」
アゲンバが手帳を閉じ、ヨールに視線を移す。
「ええ。もちろん、無関係ではないでしょうね。タイミングが良すぎますから。展望ラボの関係者──いや、被験者による犯行と見て間違いないでしょう。ちなみに、ヨールさん、アナタに心当たりは?」
「うーん、その……展望ラボにいた頃は、お互いの能力を明かすと罰則があったりしてその辺のことは話さなかったんです。それに、先生に連れていかれた後も他の人たちとあんまり話したりしないで、すぐに出ていってしまったので。ただ……」
「ただ?」
「そんなに強いのであれば、その、多分。アユゴさん、かもしれません」
アゲンバが目を細め、手帳をめくってあるページを開く。そして、ヨールに「この人物ですね」と言ってそのページを見せる──そこには、緑色の服装や髪の色をした、どこを見ているのかわからない信号機のような黒目の男の写真があった。
「──あ、そうです。確か、ラボの時から一番の成績で、先生に集められてからも『アユゴさんがいれば問題ない』とか言われてた気がします」
「なるほど、情報ありがとうございます。では、この人物に重きを置いて捜査と警戒をしておきましょう」
そう言って、アゲンバはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。
「もしもし。こちら、ラバン警視庁対
アゲンバが電話し始めたあと、ふとヨールは何かを思い出して、タナリオに話しかける。
「そういえば、タナリオさん。確か、タナリオさんの能力は『大切なものをしまって取り出す』でしたよね?」
「ん? ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「その、思ってたんですけど。タナリオさんって、一体どこに物をしまっているんですか?」
「ああ。そうだな、簡単に言えば、オレ自身の中、になるか」
タナリオがさらっと発した答えを聞いて、ヨールは「え゛っ」と嫌そうな声を出す。そして、ヨールの脳裏にイメージがよぎる──タナリオの腹が2台の車の形に膨れ上がり、当人は満面の笑みで「イエーイ」とピースしているイメージが。
「……オマエ、今オレがびっくり人間か何かだと思っただろ。違うぞ? 俺の夢の中だからな?」
「あ、そうなんですか。ハハハ、もうびっくりさせないでくださいよ」
ホッとため息をついて笑うヨールを見て、タナリオは内心(やっぱり、どこか変な子だなあ……)とヨールへの感想を漏らした。
*
「全くよォ、面倒なことになッちまッたよなァ」
ヨールたちのいる側から、カーテンを隔てた向こう側。そこにあるベッドの上で、アシンメトリーヘアの男──ヘドルが、身体中包帯でぐるぐる巻きにされて寝転んでいる。明らかに大きめの怪我を負っているにもかかわらず、ヘドルはしきりに足癖が悪い姿勢を取っている。
「いッつ……。ッたく、こンなの闇医者にでも行きゃアすぐ治るッつーのによ」
「あまり動かない方が良いよン、ヘドル」
ヘドルの横のベッドに寝ているマッシュボブの男──マローが話しかける。
「わァッてるよ。でもなァ、サツの病院とあッちゃア流石のヘドル様も落ち着けねェッて」
「まあ、ねン」
マローが、両手首にはまった手錠を見つめる。その目に、タナリオと戦った時のようなエネルギーは感じられない。
「……綺麗に出し抜かれちゃったねン、ボクら」
「んァ? んー、まァしゃアねェよ。所詮オレら木ッ端にゃア元──や、現だッたか?
「まあ、確かにねン。クモ屋の看板なんて考えても仕方ない、か……」
マローがうつむき気味にそう呟くと、隣でヘドルが「ケハハ!」と大口を開けて笑う。
「オイオイ、テメェ、ンな小せェこと気にしてンのかよ!? そンな、か、看板ッて……ケケケ!」
「な、何がおかしいんだい!」
「あー、腹もあばらも色々いてェ……。あのな、確かにオレらァ名有りの連中よ? テメェこと
ヘドルが、ニヤニヤしながら告げる。それを見てマローは一度怒りを露にしようとしたが──すぐに、諦めたようにため息をついて寝転がる。
「……ま、キミの言うとおりだろうねン。ヘドル」
「おォ。まァ、テメェの言うこともわからンでも──」
2人が喋っていると、突然ヘドルのベッド横のカーテンが開く。そして、その向こうのベッドの上で、車椅子に乗っていた少女──ガイリがぐったりしているのが2人の目に入る。
「ガ、ガイリィッ!」
「ど、どうした、ガイリ! 一体──」
2人の慌てっぷりなど
「全く、遅いわねあの2人。こっちはもう取り調べ終わっちゃったんだけど。……しょーがない、待ってる間に──変な髪型のアンタからも情報もらっちゃいましょうかね」
「だ──だァから! 誰が! 変な髪型だッつーんだよ!」
変な髪型と言われたヘドルが怒号を上げる。しかし、直後、3人ともそれどころではなくなる。何故なら──病室に、階下からの銃声が響いたからである。
*
「な──」
タナリオが驚きの声を上げる。アゲンバは銃声の直後、一目散に窓に駆け寄って下を覗く。アゲンバの目に映ったのは、1階のエントランス付近でもくもくと白煙が上がっている奇妙な光景である。
「確か、1階にはカレらがいたはず──失礼、続きはまた今度」
アゲンバがきびすを返して警備部との通話を切った直後、再び手元のスマートフォンが鳴る。アゲンバは発信者との通話を開始する。
「こちらアゲンバ。マジカルくん、報告を」
『はッ。先ほど、発煙筒らしきものの投入と同時に複数人の武装した人物による襲撃が発生し、警備員数名が負傷。なれど、既に全員マジカル☆制圧に成功しております。
「……了解しました。負傷者の保護も忘れずに」
『承知』
アゲンバが通話を切り、窓の下を見つめる。ヨールのベッドの前にあるカーテンが開き、目隠れ女ことエスマナフが焦った様子で現れる。
「班長! 下で何があったの? マジカルは!?」
「……襲撃、だそうです。マジカルくん本人は無事みたいですね。カレいわく、
タナリオが痛みなど気にせずに身体をよじり、アゲンバへ身体を向ける。
「こ、このタイミングで、ですか? しかも、わざわざ警察病院なんかを襲撃したっていうのに、やけに規模が小さくありませんか」
「ええ……。正直なところ、おかしいのですよ。さっきエントランスを見てみましたが──そこにいる警備員が無傷で立っていました。何者かが病棟に侵入したなら、エントランス前の警備員は既に制圧されているはずです」
それを聞いたエスマナフが、やや余裕のない表情で前髪をいじりながらカーテンの近くを離れる。そして、病室の扉を開けようと近づいていく。タナリオもまた冷や汗をかいている。
「兎に角、アタシたちも病室の外を警戒しましょ。もしかしたら、敵は別動隊でも作ってるのかもしれないし──」
そして、扉の前に立ったエスマナフが、ドアを少しスライドさせ──
「──!?」
──外から白い何かが流れ込み、病人たちや警察官たちの驚きの声が病室に響く。
「なッ──」
「うわっ!?」
「は、班長──」
そして、白い何かが病室全体を、視界を包み込み、自分の指先すらまともに見えなくなる。その中で、ヨールが困惑して辺りを見回す。
「これは──霧?」
*
警察病院の一室にて、男が地面にしゃがみこんで震えている。男は銀色の坊主ヘアであり、患者服のような白い服を着ている──その服は、タナリオたちが今着ているものとは異なるデザインのように見える。男は、小さな声でブツブツ何かを呟いている。
「だ、大丈夫。与えられた課題を全部、く、クリアすれば良い。敵を、ぜ、全員クリアしてしまえば、良い。ば、万事順調に進行中、万事順調に進行中……」
男が頭を上げて、タナリオたちの部屋のある方向を見る。その右目には──
「……先生の、か、課題、絶対にクリアしてみせなければ」
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