事例7 ニワトリ課①

「──さん、ヨールさん」


 ヨールは、どこからともなく聞こえる声によって、少しずつ目を覚ましていく。そして、目を開けたとき、ヨールがいたのは──病室だった。


「──へ?」


「起きましたか。おはようございます、ヨールさん」


 ヨールは、眠気まなこで辺りを見回す。目の前には、頭に包帯が巻かれ顔に奇妙な紋様が刻まれている男が座っている。その横には、スマートフォンをしきりにいじる、前髪で左目の隠れた女が座っている。そしてヨール自身は、肩と足に包帯を巻かれて、ベッドに寝かされているようだった──しかも、腕には手錠のおまけ付きで。


「あの、すいません。その、色々きたいことはあるんですけど、取り敢えず……どなたですか?」


「おやおや。仮にもあなたの命の恩人であるこのワレのことを覚えていらっしゃらないとは、少しショックですね」


「コラ、やめときなよ班長。さっき目ェ覚めたばっかなんだから知ってるわけないでしょ」


 ヨールの目の前で、包帯と紋様の男が目隠れ女に突っ込まれて笑っている。その光景のシュールさに、思わずヨールは目をぱちくりさせる。


「全く……。ホラ、名乗るぐらいしてあげたら?」


「フフ、そうですね。では……ワレはアゲンバ・ラオ。ラバン警視庁、刑事部、対REDS犯罪課、第1班の班長を務めております。隣にいるのはエスマナフ・カフくんで、同じ第1班の部下です。どうぞよろしく」


「よろしくね~」


「──あ、はい。ボクはヨールです。どうも」


 全く状況が読み込めていないヨールだが、取り敢えず挨拶されたので挨拶を返す。そして、今一瞬脇に置きかけた疑問を、慌てて取り戻して訊く。


「その……ボク、手錠で捕まってるんですけど」


「ええ。無免許・未申請のREDSレッズ発症者ですからね。REDS超常能力法第51条に抵触ていしょくしています」


「──あそっか、タナリオさんが言ってた……ああ……」


 少しずつ状況を飲み込みだし、ヨールから滝汗が噴き出し始める。自分は今、質問ではなく尋問をされる立場にいるのだ、と徐々に理解していく。


「……その、もう1つ訊きたいんですが──タナリオさんは、どうなってるんでしょうか? ボクみたいに、逮捕されてたりとか……」


「フフ、タナリオくんですか。カレなら心配ありませんよ。カレは、むしろ立派に犯罪者たちを捕らえましたから。……そうですね、不安なら会わせてあげましょうか」


「え?」


 そう言うと、包帯の男が立ち上がり、ベッドの横のカーテンを開ける。そこには──上半身を包帯とギプスでがっちり固定された、タナリオの姿があった。


「あっ──タナリオさん!」


「……ああ、ヨール。おはよう」


 ヨールの隣のベッドに横たわるタナリオは、身体をヨールの方に向けようとして「いてて」と苦痛に顔を歪ませる。


「ふう。いや、お互い災難だったな」


「ですね。でも、取り敢えずタナリオさんが無事で良かったです」


「ああ。ヨールも元気そうで何よりだ」


 ヨールは、タナリオがそうしたように、微笑みを浮かべる。そして、ふと先ほどの包帯の男の言葉に疑問を抱く。


「そういえば、えーと、アゲンバさんでしたっけ。その、『警察官として』ってどういうことですか? タナリオさんって、もう警察を辞めたんじゃ……」


「おや。その情報、どこから聞いたのかは知りませんが、やや正確性に欠けますね。正しくは『休職しており、かつ退職届を提出し続けているが、提出されるたびにアゲンバ班長が破り捨てている』ですよ」


「えっ」


「……班長。まだ受理していなかったんですか? アレ」


「勿論。キミのような素晴らしい警察官を我が班から手放したくはありませんからね」


 先ほどのタナリオたちのように、包帯の男もニコニコとした微笑みを彼に向け、ヨールが気まずそうに苦笑いする。タナリオは諦めたように天を仰ぐ。


「……全く。それで、あの男たちの正体はわかったんですか?」


「キミたちを襲撃した3人組のことですね。ええ、わかっていますよ」


 そう言うと、包帯の男は再び立ち上がり、今度はヨールの向かいのカーテンを端から引っ張る。その向こうでは──昨日ヨールたちを襲った、マッシュボブの男やアシンメトリーヘアの男、そしてロングヘアの少女がベッドに寝かされていた。


「裏社会の何でも屋こと『クモ屋』一同、


「……!」


 ヨールが、目を見開いて向かいのベッドを見る。3人とも起きているようだが、その全員の表情は曇っている。それぞれがバラバラのタイミングでヨールを一瞥いちべつするも、アシンメトリーヘアの男が「ケッ、『ニワトリ課』のクソどもがよ……」と呟いた他は無反応である。カーテンを開けた後、包帯の男は元いた椅子に座り直す。


「え、あの。ボク、あの真ん中の人にすごいボコボコに……えっ」


「フフ、混乱するのも無理はありませんね。カレらは正直かなりのですから。まあ、ワレワレ第1班には取るに足らない相手でしたが」


「いや、その……だ、大丈夫なんですか? あの人たち、結構危険な夢追人ドリーマーですけど」


 ヨールはしきりに、『クモ屋』と包帯の男を交互に見る。その焦り具合とは対照的に、周囲の人物はいずれも特に警戒する様子はなく、目隠れ女に至ってはスマートフォンで流行りのアプリゲームをプレイしている。


「大丈夫だ、ヨール。アイツらのベッドの横に、黒い箱が置いてあるだろ?」


「え?」


 ヨールが、タナリオに言われるままにそのベッドの方を見る。ベッドの横には確かに、シアン色に光る線が走った黒い箱が置かれている。


「あ、はい。確かに」


「それはAREDアレッド──現実侵食遮断装置Anti Reality-Erosion Deviceというものだ。ものすごく簡単に言えば、周囲の夢追人ドリーマーが超常的な能力を行使できないようにする機械だな。それがある限り、そこの連中は能力で戦うことができない。それにここは警察病院だから、そこかしこに武装した警備スタッフが配置されている。抵抗できやしないよ」


「へえ……なるほど」


「ちなみに、気がついてないだろうがキミのベッドにもAREDが備え付けられてるからな。まあ、まさかこんなところで能力を使う気はないだろうが」


「えっ。……あ、ホントだ」


 ヨールは、先ほどから既に起動していたベッドの横のAREDを興味深そうに見つめている。タナリオはその様子を見て、何だか少し可笑おかしくなって噴き出してしまう。


「おや。久々に見ましたね、キミの笑顔」


「え? ……笑ってなかったですか? オレ」


「ええ。ただでさえ馬鹿真面目で中々笑わないのに、ここ最近なんか全くでしたよ。少しホッとしました」


 タナリオは(『馬鹿』真面目ときたか……)とは思いつつも、包帯の男の指摘通り自分の心が少し安らいでいることに気づく。そして、ふと左手のひらに目をやり──普段せわしなくギョロギョロとうごめいている3つの目玉の動きが、やや大人しくなっていることに気づく。


「失礼致します」


 突然ガチャ、という音がして、ヨールたちは病室のドアの方を見る。そこには、筋骨隆々・スーツピチピチ・そしてピンク色の髪という異色の特徴をした、巨駆きょくの男が立っていた。


「えっ、つ、ツインテール!?」


「ム……これはビッグテールなり


 ヨールが驚いてツインテール──もとい、ビッグテール男を見つめているのを一瞥いちべつした後、包帯の男が話す。


「マジカルくん、どうしましたか?」


「班長、此方こちらの3人の事情聴取は如何様いかように致しましょうぞ」


「そうですね、ミス・アカイクルマは口が固そうですからエスマナフくんにお願いするとして……では、父さんにミスター・マッシュルームを、マジカルくんにミスター・ヘンナカミガタをお任せしましょうかね」


 包帯の男の後ろで、アシンメトリーヘアの男が「誰が変な髪型だァ!?」と叫ぶ。それを気にすることなく、ビッグテール男がぐにゃりと笑う。


「承知。マジカル☆事情聴取の御役目、このマジカル☆ナネロどもに御任せをば」


「ふ~、アタシか……。まあ良いや、手早く済ませましょ」


「ええ。期待していますよ、皆さん」


 目隠れ女はスマートフォンの電源を切って立ち上がり、少女のベッド周りのカーテンを閉める。ツインテール男は包帯の男に一礼した後、「では、僧正殿そうじょうどのを呼んで参ります」と言って一旦病室を出ていく。この時、ビッグテールがふぁさりとなびく。


「……さて、そろそろ雑談の時間はおしまいですね。部下たちも仕事に取りかかりましたから、ワレも同じことをしなくては」


 そう言って、包帯の男は立ち上がり、ヨール側のカーテンを閉める。そして椅子に座り、先ほどとはうってかわって真剣な表情でヨールに向き直る。ヨールは、思わず姿勢を正す。


「ヨールさん。早速本題から入りますが、『展望ラボ』についてはご存知ですね?」


「……! は、はい。数ヵ月前まで、そこにいましたから」


「ええ、そうでしょうとも。では──この人物らについては?」


 そう言って、包帯の男がスーツの胸ポケットから1枚の写真を取り出す。写真には男と少年が写っており──そのどちらにも、ヨールは見覚えがあった。


「……っ! はい、どっちも知ってます。2人とも──あのラボにいましたから」


 ヨールは、写真の男から目が離せない。その男は、ヨールにとってかなり大きな存在であったからだ。かつて、タナリオの車で寝てしまった時も、ヨールは夢にその男を見た。ねずみ色の長髪をした、凍りつくほど優しい微笑みを浮かべる男。


「……エリル、先生」


「そう、エリル・サクラム。展望ラボの元カウンセラーであり──現在の、展望ラボ残党の指揮を執っていると思われる人物です」



「失敗しましたか、カレらは」


「そのようです……先生」


 どこかの空の上を、音速に達しそうなほどのスピードで2人の人物が飛行している。2人は余裕のある直立姿勢であり、そのスピードに反して服や髪の毛は全くなびいていない。


「まあ、所詮しょせんは外部の人間ですからね。やはり、任務を与えるべきは内部の皆さんでしょうか」


「……警察の管理下にあるのであれば、あの男に任せるのも、良いかと」


「あの男──ああ、カレですか、確かに適任ですね。ラボの方に到着したらお願いしてみましょう。まあ、取りあえず確認すべきはの方ですが」


 そう言って、その2人──エリルとその側近のタマヅは、青空の向こうへと消えていった。

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