事例3 警察官②

「くッ……!」


 路地裏にて、ザニアとタナリオの戦闘が行われている。ザニアに脇腹への一撃をもらったタナリオは、その痛みをこらえつつザニアの顔面にパンチを加えようとして──思い切りのけ反ったザニアにかわされる。そして、その勢いのままにザニアがタナリオの腹へと蹴りを入れ、タナリオは少し後退する。


「タナリオさん!」


「……平気だ。このくらい慣れてる」


「ニッヒ! 流石に警察官の先輩は違いますねえ。根性が違う。……まあ、それ以外は何もなさそうですが!」


 憎たらしいセリフを吐きながら、ザニアは警棒をヨールの方へとつきつける──瞬間、警棒はスライムのようにぐねぐねと変形し、やがて拳銃の形を取る。


(クソ、また夢追人ドリーマーか!)


 とっさに、タナリオはヨールの目の前に立ちふさがる。ザニアは片手で拳銃をつきつけたまま引き金を引き、タナリオ目掛けて発砲する。そして、弾丸はタナリオの右太ももに命中する。


「ぐ……!」


「ニヒヒヒ、ヒーロー気取りですか? でも、ヒーローはこんな鉛玉程度に倒れるような人間には務まりませんねえ!」


「……ヨール、下がってろ」


「で、でも──」


「いいから。所詮は、キミの手を借りる必要もない雑魚だ」


 タナリオが吐いた毒を聞き、ザニアの右まぶたがピクリと動く。その口角は更に上がり、しかしその顔色には少し怒りがにじむ。


「……へえ。このワタクシを雑魚と呼べるとは、ニヒヒ、よっぽどの脳ミソをお持ちのようだ」


 タナリオは内心(ずいぶん沸点が低いな……)と嘲笑しつつ、追加で毒を吐く。


「ハッ、それはキサマの方だ。だって、


「……!」


 ザニアが僅かに赤面すると同時に、今度は警察官らしく両手で拳銃を構える。それをタナリオは冷静な目で見つつ、思考を巡らせる。


(恐らく、ヤツの能力は特定の物体──警棒だったり拳銃だったりしているアレの変形だ。それも、恐らく警察官絡みのものに限定されているんだろう。あの構えの素人さ加減が、警察官になりたい夢を持つであろう夢追人ドリーマーにしてはやや微妙だが……まあ、この程度のヤツなら──)


 ザニアはそのまま引き金に指をかけるが、タナリオはその間に右手の皮手袋を脱ぎ捨てる。そして、拳銃から発射された弾丸は真っ直ぐタナリオの左肩目掛けて飛んでいき、


「──30点。どこを狙っているかがわかりやすすぎる」


 タナリオが顔の前にかざした右手のひらに当たり、消えた。


「た、タナリオさん。その能力って……」


「ん? ……ああ、そういえばヨールにはちゃんと説明してなかったな。オレの能力は──」


「なッ、なめるなあッ!」


 タナリオの言葉を遮るように、ザニアが4回発砲する。しかし、どの弾丸もタナリオの右手に当たり、消えてしまう。


「──最後まで言わせてくれよ。オレの能力は、大切なものをしまって取り出す、という感じだ。ちょうど今、警察官にとって大切な弾丸を右手でしまったように」


「……あ。その、なるほど」


 ヨールがやや呆気にとられている一方で、ザニアは先程とうってかわってダラダラと冷や汗をかいている。


(クッ……! いくらあのタナリオとはいえ、このザニアの攻撃を完璧に読むなんてことがあっちゃならない……この化け物が……!)


「いてて……。さて、ザニアとか言ったか? キサマ、一体これまで何人殺してきた?」


「……い、いきなり何を……」


「オレは何人もキサマみたいなREDSレッズ犯罪者を見てきた。だからわかる。キサマみたいな性格と能力のヤツが、これまで誰も殺さずに生きてきたわけはない」


「……!」


 ザニアの表情が更に曇る。(図星か……)とタナリオは心の中でこぼしつつ、話を続ける。


「別に、オレはもう警察官じゃない。だが、いやだからこそ、キサマの身柄を拘束するなんて義務はない。……今、ここで、キサマを殺してやっても──」


「ひ、ひいッ!」


 タナリオの言葉を聞いたザニアは、拳銃を地面に落として両腕を上げる。そして、情けない声で懇願を始める。


「す、すいません! どうか、どうかそれだけは! どうか!」


「……ずいぶんと降参が早いじゃないか。何だ? それしか攻撃手段がないのか?」


「そ、そうです! もう、もうワタクシにはなすすべがない! どうか許して!」


 しばらく無言でザニアを睨んでいたタナリオだったが、その必死の形相に一瞬気を緩めてため息をつく。


(……確かに、警察官関連なら拳銃以上に殺傷力の高い武器はないだろう。それに、落とした以上どんな武器に変形させてもそれを拾う隙ができてしまう。まさか、コイツ程度の脳みそでハッタリをかませるとは思えないし……)


 だが、タナリオが油断したその隙を見てザニアはニヤリと笑う。同時に、地面に落ちていた拳銃が急激に膨張・変形し、一瞬にしてバイクに姿を変えた。


「しま──」


「馬鹿め! だッ!」


 瞬く間にそのバイクに乗ったザニアは、アクセスを全開にしてヨールとタナリオ目掛けて突っ込む。慌ててタナリオがヨールをかばって路地裏の端に倒れ込むが、ザニアはそれを気にする素振りも見せずに直進する。


(クソ、読み違った! ヤツの隠し種は攻撃手段じゃない、逃走手段だったわけか!)


「ニヒヒヒヒッ! このワタクシに喧嘩を売ったことをそこで悔いているがいい!」


 タナリオは立ち上がって追いかけようとするが、先程太ももに受けた傷のせいでうまく歩くことができない。何より、彼の能力でもバイクほどの大きさのものを一度にしまうことはできず、タナリオはバイクの妨害をすることができなかった。そして、ザニアは道路まで出ていこうとして──


「──!」


──突然巨大なシャボン玉に包まれ、バイクごと横転する。


「ごめんなさい、タナリオさん。やっぱり、その、我慢できなくて」


「……いや、むしろ大正解だ。ありがとう」


 ヨールはタナリオを肩で支えながら、シャボン玉の中でもがくザニアのもとへと向かう。ザニアは一転して脂汗を大量にかいており、その顔は今にも泣きそうである。


「さて……どうしたものかな」


「そ、その……殺すんですか? この人のこと」


「正直なところ、こうなった以上殺すまでするつもりはない。だが……」


「やっぱり、痛めつけたりしちゃうんですか?」


「……まあ、で済ましたくは、ないな」


 タナリオがシャボン玉に触れ、ザニアが思わず後退りする。


「そ、その。でも、もっと平和的に何とかできたりはしないんでしょうか? だって、確かにこの人は他の誰かを殺してしまったかもしれないけど……」


「……けど、何だ?」


「……その、この人だって、やり直せるかもしれないから」


 タナリオの気迫に気圧けおされ、ヨールは若干言葉に詰まる。しかし、それでも自分の意見はしっかり伝えてきたのを見て、しばらく考えた後タナリオは大きくため息をつく。


「なら、キミがしてみせることだ」


「え?」


「いいか? 更正させるということは、これ以上コイツに罪を犯させないようにするということだ。そして、それをするために何よりまずすべきなのは……凶器を取り上げる。これだ」


「た、確かに、そうかもですね」


「で、だ。じゃあ、コイツにとっての『凶器』とは何だ? 警棒? 拳銃? それとも、バイク?」


「え、そうですね……。うーん、でも、そのどれを取り上げても、また能力で同じものを作っちゃうんじゃないかなって……」


「そうだな。つまり、真の『凶器』はそのどれでもない。……じゃあ、何だと思う?」


 ヨールは、無言でその答えを考える。そして、しばらくしてふと彼の頭に答えが降ってくる。


「……もしかして、能力、ですか?」


「そう。その通りだ。そして、それを取り上げるのがキミの役割、というわけだな」


「え、でも、そんなことって……」


「可能だ」


 そう言いながら、タナリオは左手の革手袋を外して3つの目玉がぎょろつく手のひらをあらわにする。その手のひらをヨールに向ける。


夢追人ドリーマーが何故能力を発現するか、覚えてるか? 過度な精神的ストレスによる、願望、つまり夢の現実への侵食だ。だから、その夢を何とかすることができれば……ザニアは夢追人ドリーマーでなくなり、その能力も失う。そして、それを成すための最も効果的な方法は、1つ。夢の中、精神の中に入り込んで、その夢を解決してやることだ」


「……! じゃあ、タナリオさんの能力で……」


「ああ。残念ながらオレ自身は夢の中に入れないが、誰かを『入れる』ことならできる。……さて、ヨール。キミに、その覚悟はあるか?」


 ヨールは、タナリオに言われたことを反芻して考える。しかし、彼の考えが揺らぐことはなく、その結論は1つしかなかった。


「……はい。やってみます」


「よし。じゃあ、始めよう。こちらからザニアの夢の様子を見ることはできないから、取り敢えず10分したらその結果がどうであれキミをそこから取り出す。いいな」


「わかりました。お願いします」


 ヨールの顔をしばらく見つめた後、タナリオは無言で頷いてヨールの肩に触れる。直後──タナリオの右手に、ヨールの身体が吸い込まれていく。その全身が吸い込まれた後、ザニアを包むシャボン玉が割れると同時に──タナリオが、ザニアの頭を掴む。そして、ザニアは白目を剥いてその場にへたりこむ。


「……さて、この子にはできるだろうか」



──そこは、まさに奇妙の一言に尽きる場所だった。ひらすらに白い世界の続く空間に座り込むヨールの頭上で、何枚もの白い紙がふわふわと浮いている。ある紙には67点の小テストが記入されており、ある紙には人間と思われるお世辞にも上手いとは言えない落書きが書いてあった。そういった紙が無秩序に、そして無数に彼の頭上を浮遊しているのである。


 ヨールは、しばらくこの場所に見とれた後、自分の目的を思い出して立ち上がる。そして、


「……よし。やろう。この人を、救ってあげるんだ」


 ヨールは自身をシャボン玉に包んで、紙の浮いている場所へと浮上していく。その顔には、若干の困惑と不安は見えるが、それでも覚悟の色がにじんでいた。

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