第42話公爵令嬢と婚約披露

「本当にお綺麗ですわ、ティアリーゼ様」


 ほうっと感嘆のため息をつきながら、リリーが感慨深げに呟く。

 私はその大袈裟な様子に苦笑しながら、鏡越しにリリーを見つめた。


「ありがとう、リリー。あなたがキレイにしてくれたお陰よ」


 リリーは私の言葉に嬉しそうに微笑むと、最後の仕上げにと、以前アルフレッドからもらった深い緑の宝石の周りを金が取り囲んだネックレスをつけた。


「このネックレスがこれほど似合うのは、ティアリーゼ様しかいらっしゃいませんわね!」


 完成した私の姿に、胸を張ってそう言うリリーはとても満足そうな様子だ。

 先程から誉められっぱなしで、頬が少し熱くなるのを感じながら、そうだといいなと心の中で呟く。


 アルフレッドの色が一番似合う私でありたい。

 それはまるで、アルフレッドに相応しいのは私なのだと言われているようで、誰にも譲りたくないと頑なに思う自分の気持ちに苦笑する。

 あんなにアルフレッドに相応しい運命の相手を見つけるのだと、意気込んでいたあの頃の私が、今の私を見たら卒倒するに違いない。

 でも、自分の気持ちを自覚してしまえば、アルフレッドの隣に私以外の誰かがいるなんて、とても嫌で嫌で仕方がなかった。

 でも、一つだけあの頃の私と変わっていないこともある。

 それは、アルフレッドの幸せが一番だということ。

 アルフレッドの幸せを守ることが、私の幸せであり誇りである。

 だから、もし、アルフレッドの幸せに私が邪魔になったときは、私は躊躇わずアルフレッドの生活の中から私を排除するだろう。

 そうなったときのことを考えると、とても胸が引き裂かれそうに痛いけど。


「アルの幸せが、私と共にずっとあればいいのに…」


「あるに決まっている」


 ポツリと呟いた弱気な思いに、思いもかけない力強い返事に驚いて声の方を振り向くと、アルフレッドがドアの枠に体を預けて呆れたようにこちらを見つめていた。

 息を飲む私に、アルフレッドはしょうがないなと苦笑しながら、ゆっくり私に近づいてくる。


「私の色が一番似合うのも、私を幸せへと導くのも、ティアしかいない」


 アルフレッドの言葉に嬉しさで潤む瞳を見られないように、顔を俯ける私の肩をアルフレッドが優しく抱き寄せた。


「婚約式、緊張しているの?」


 優しく聞くアルフレッドの言葉に、緩く首を振る。


「私は…、私はアルの幸せが一等大事。だから、何があっても私がアルの幸せを守るの」


「私はティアがいてくれれば、それだけで幸せだよ」


「……。今はそうでも、もしかしたら、私よりもアルを幸せにできる人が現れるかもしれないわ」


 弱気な私の言葉に、アルフレッドは驚いたように私を見下ろすと、さも堪えきれないというようにクスクスと笑いだす。


「…っもう!どうして笑うの?」


 アルフレッドの態度に納得いかなくて、私は俯けていた顔をばっと上げ、アルフレッドを軽く睨んだ。


「ごめんごめん…ははっ。」


 謝りながらも笑いを止めないアルフレッドに、どんどんムッとしてくる。


「後ろ楯もあって、愛らしい他国の王女様とか、アルフレッドの心を癒してくれる麗しい聖女様とか、これから現れるかもしれないじゃない」


 いきり立つ私をぐっと持ち上げて、鏡台の椅子から立たせると、アルフレッドはそっと私を抱き締めた。


「アスタリーベ帝国とウィシュラルトの庇護を持っていて、癒しと退魔の力を持つ月の乙女の君以上に?」


 何だか少し後ろめたくて、アルフレッドの腕の中で僅かに身じろぎをする。


「婚約者の命を助けられたルナベルト殿はともかく、アビゲイル殿と主従契約を結んだと聞かされた時にはさすがにすぐには受け入れられなかったな」


 アルフレッドの言葉に僅かな苛立ちを感じて、とても落ち着かない。

 アルフレッドに抱き締められて、安心感ではなく危機感を抱くのは初めてのことで、何とか抜け出そうともがいてみるが、まるで拘束されているかのように全く解かれる気配が感じられない。


「私だってアビゲイルの主になった覚えは全く…」


「うん。ティアにそのつもりはなくても、この印を見てしまったら知らないふりはできないよね」


 私の左手の甲を見つめるアルフレッドの声色に苦々しさが滲んでいるのを感じ、いたたまれなさを感じる。


「まさか、それを盾にティアに四六時中貼り付く裏の護衛かウィシュラルト王家の復権かで選択を迫られるとは思わなかったけど」


「…」


 アビゲイルの審議をどうなることかと落ち着かない気持ちで待っていたあの日。

 アビゲイルの審議に出席していたはずのアルフレッドが、鬼気迫った表情で突然私の部屋に駆け込んで来たことを思い出す。

 アルフレッドが憎々しげに凝視する私の手の甲を、何事かと同じように覗き見ると、アビゲイルが手の甲に口づけたところにうっすらとウィシュラルト王家の紋章が現れていた。

 アビゲイルが審議の場で、私の手の甲にあるのはアビゲイルが従属している証で、ウィシュラルトの復権が認められなければ契約に則って私の従僕になると宣ったのだ。

 それを私の手の甲を見て確認した後、筆舌に尽くしがたい程の怒りを漂わせていたアルフレッドに、恐ろしさのあまりぶるりと身を震わせたのは仕方のないことだと思う。

 結局、アビゲイルが私の従僕になることを全力で認めなかったアルフレッドの意向を大幅に汲み、半ば強引にウィシュラルトの復権が叶った。

 そうして、アスタリーベ帝国とウィシュラルトが私を軸に、ソルシード公国の完全なる同盟国として名を連ねたのは、結果的にとても心強い後ろ楯となったのである。


「ティアさえいれば、後ろ楯や同盟なんてなくてもティアごとこの国を守るつもりだったけど、それがあることでティアが気後れすることなく私の隣にいられるならしょうがないと思ってるよ。

 だけど、これだけは言っておく。」


 アルフレッドは私の顔を両手で包み込むと、真っ直ぐ私の目を見つめた。

 アルフレッドの真剣な顔に高鳴る胸を必死に宥めて、私もアルフレッドを真っ直ぐ見つめた。


「ティアを守るのは私の役目だ。だから、私以外の男に頼ったらダメだよ。じゃないと嫉妬で何をするか分からないから」


 優しく微笑みながらも鋭い視線を送るアルフレッドの言葉に、私はコクコクと頷くことが精一杯だった。

 赤く火照る私の頬を、愛おしそうにひとなですると、アルフレッドはエスコートのために腕を差し出した。


「そろそろ行こうか。婚約者殿」


 私は火照る頬はそのまま、微笑んでアルフレッドの腕に手を添える。


 そして、会場への扉が開かれた。

 アルフレッドの婚約者として、今日正式に発表される会場へ。

 候補の時とは比べ物にならないくらいの責任がのし掛かってくるけれど、私は私なりにアルフレッドを支えていく。


 アルフレッドの幸せは、私が守る。


 決意を胸に、アルフレッドの腕に絡む手にキュッと力を込めると、アルフレッドが私をしっかりと抱き締めてくれる。

 そのことに安心しながら、笑顔で迎えてくれたお兄様やルナベルト様、アビゲイルに微笑み返す。


 皇太子殿下の婚約者として、私ティアリーゼ・セレニティアは、これからも頑張ります!

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聖なる森と月の乙女 小春日和 @koharubiyori

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