第4-23話 早い現着

 警察署を後にした俺達は、そこからほど近くにある消防本署に立ち寄った。

 警察官から直々に「内密に」と言われたのだからベラベラと喋ったりしない。

 本署の人間も呼び立てられたことを知っているから、何人かに「何事か?」と問いただされたが、その都度適当にいなした。現場最高責任者たる指揮隊長にすら、「こないだの事情聴取の再確認でした」と流した。

 機密情報を知ったとはいえ、疑わしき人物の顔を見せられただけだ。その者達の経歴や背景などは教えてもらえない。別にそれを知ったところで何がどうというわけではないのだが、その程度の情報量で何か力になれるとも思わなかった。

 そんなことを考えていると、そこが目的ではないような気がした。普段から警察業務をしているわけではない俺達に、一度見た写真を覚えろと言われても無理だ。なんならもうすでに忘れかけている。そんなことを警察官がわからない訳はない。

 導かれた答えは、警察官は本気だということだ。つまり、俺達に犯人の顔を覚えてほしいわけではなく、捜査協力を依頼しているということ。いわゆる根回しというやつだ。どんな形であれ、頼られて嬉しくない人はいない。頼っているフリをして仲良くなって、現場で自由にやらせてくれということだ。それだけ本気ということだ。まぁわざわざ呼び立てて頼られている以上、こちらとしても悪い気はしない。


 本署から敷島出張所への帰り道の途中に先日の火災現場がある。

 あれから三日。

 次の日には、現場を見に行ったものの、今となっては野次馬になるのが嫌で道を外した。

 火災現場の前は「市役所通り」と名前がついており、それだけで人が賑わう。俺達はその道を外したから、少し寂れた工業通りを通ることになった。

 この道はトラックがよく通る。俺は以前からトラックの運転手を目にするとどこか親近感が湧く。なぜなら、俺自身もトラックの運転手だからだ。というより一種憧れていた。

(相変わらず上手いな)

トラックの運転手は運転が上手い。当たり前かもしれないが、自分が経験するとそれをより一層強く感じた。

 俺達消防署のトラックは隊全体で一台を運行するが、彼らは違う。一人でこんな大きな車を自由自在に操る。しかも滑らかにスムーズに。俺は密かに尊敬していた。

 だから必要以上に道を譲るし、逆に譲ってもらおうもんなら大げさに頭を下げた。

 そんなことをしながら工業通りを滑走している最中だった。

 「ポー、ポー、ポー、、、救助指令、一般、入電中」

無線機から予備指令がかかる。

 俺は滑らかな急ブレーキで消防車を路肩に停め、指令に耳を傾けた。

 本指令が鳴る。

 「ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、、、救助指令、一般、現場、木浜市中央一丁目一番、木浜市役所、第一出動、木浜指揮1、木浜救助1、木浜水槽1、木浜はしご1、敷島水槽1、木浜救急1」

「市役所・・・で救助・・・」

俺は全開で目をしかめた。

「なんすかね・・・」

そう呟きながら出動の装備を整える。といっても救助出動で内容も分からないから、装備を決められない。

「一般救助ってなんすかね・・・」

通常、火災であれば防火衣を着るし、救急であれば感染防護衣を着る。救助であればその内容によって適宜変えていくのだが内容が分からない。

「とりあえずこのまま向かうか」

鈴木隊長が決めた。というか分からない以上それしかない。

「了解」

後部座席もその合図で一斉にヘルメットだけを被った。


 指令内容というのは、出動隊全隊が走行を始めたことが確認されると送られてくる。本来、待機中の部隊であれば、署内から車庫へ向かう時間、そこでの着装、乗車があって消防車は走り始める。俺達は走行中であったため、走り出しが早かった。つまり、指令内容が送られて来る前にだいぶ現場に近づく。そしてそれは同時に、現着が早いことを意味した。

 敷島隊が市役所通りに入りかかったところで指令内容が送られてきた。

「指令センターから、木浜市中央、高層建物一般救助出動中の各隊へ一方送信、現場は指令同番地、市役所、本件は高所救助事案、建物7/0、五階部分の窓に男性が腰掛けているとのこと、なお252は一名、以下詳細は不明、以上」

「高所救助だ!自殺企図か?」

できるだけ多くの予測を並べようと思ったが他が出てこなかった。「窓に腰掛けている」という状況がそれ以外の予測を排除した。

 段々と目標建物が近づいてきた。今回は煙は上がっていない。五階部分に小さく人影が見える。それ以外は特段代わり映えがしなかった。

 できれば、丸腰つまりノープランで現場に向かいたくはない。きちんと役割を決めてなおかつ着地点まで決めた上で取り掛かるのが理想的だ。それでも、どうしても予測が立たないときは変に話さないほうがいい。人は現状を自分の理想に近づけようとする。そして大概その理想は空振りになることが多い。

 それならハナから何も決めずに突っ込んだ方がマシだ。その方がクリアに脳に浸透させることができる。

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