第4-24話 アレでいきます

 俺達は市役所の側面に消防車を着けた。

 正面、つまり要救助者の真下は救助隊のためにスペースを空けた。おそらく救助隊もここにレスキューエアマットを敷くつもりだろう。

 消防車の現着を待ちわびるかのように数名の警察官が近寄ってきた。

 その中でも上席らしき警察官が、鈴木隊長の元へ寄って行った。

 俺はあの警察官を探した。

「なにがあった?」

下車するとともに声を掛ける。

 その子もその子で、待ちわびるかのように出迎えた。

「村下士長、警察署へは行かれましたか?」

質問に質問で返した。

「あぁ、いまその帰りだった」

「その者です」

彼女はそう言って、五階へ目を向けた。

(やっぱり捜査協力の話を持ちかけたのはこの子か)

捜査協力について俺が指名された理由が分かった。薄々感づいてはいたが、まさかこの子が警察官の上層部に進言したとは思えなかった。

「企図か?」

「私達もまだ接触してないのでわかりませんが、おそらくは・・・」

俺はフルボディハーネスを着装しながら話を続ける。

「なんも言ってないのか?」

「通報は”死んでやる”とだけ」

「企図じゃねぇか」

「まぁ・・・」

俺の様子をみて他の隊員三人も同じようにフルボディハーネスを着装した。

 隊長は俺が丸山巡査から最短で聴取した内容を上席の警察官から丁寧に聴取している。

「ロープとカラビナ、あるだけ準備してくれ!それからロープバッグも!」

指示を出して、もう一度建物の正面を見に行った。

 男が腰掛けている位置を建物の端から窓の数で数えた。

 隊長の聴取が終わったタイミングで捕まえた。

「隊長、隊長は地上で全体指揮をお願いします!俺は上に向かいます!・・・最悪、アレで行きます!」

一瞬、隊長の片目が歪んだ。それでもこの男は止めない。俺達にできることはそれしかないからだ。

「分かった。やるとなったらまた騒がれるだろうから俺は地上にいる。くれぐれも・・・」

それ以上は言わなかった。

 おそらく俺の意図を汲み取った。警察官を含めて、俺達のプランを知られたくなかった。

 俺が立てたプランは最悪の手段だ。それを全体にハッキリと提示してしまうとみんながそこに向かってしまう。できることならそれは避けたかった。そうならないように、あえて言葉にはしなかった。

 俺は三人を集めた。

「いいか?聞いてくれ。俺達はこれから屋上に行って活動する。疑問に思うことがあるかもしれないが質問はするな。いいな?それから半径二メートル圏外の人に聞こえる声では喋るな」

おそらく伝わった。

 三人とも息を飲むように頷いた。

「丸山巡査、我々はこれからバックアップ活動にかかります!要救助者への情報収集及び説得は警察の方々にお任せしたい!上席の方に伝えてもらえますか?」

「分かりました。・・・あの・・・あの・・・」

俺は何度か頷いて彼女の言葉を静止した。

 彼女が何を言おうとしたのかハッキリとは分からなかったが、総じて「死なせないでくれ」ということだと察した。

 それを躊躇った彼女の感情も分からなかったし、俺達の動きについて聞かれたくないという気持ちもあったし、何より早く動きたかった。

「分かってる・・・分かってる」

動き出しながらそう言い残した。


 建物東側の階段を上がる。より要救助者から遠い方の階段だ。

 階段を上る前に「静かに動け」とだけ指示した。それに対して「了解」もない。あるのはハンドサインだけ。

 編上靴の厚底を静かに着地させながら、階段の縁を踏んで静かに上がっていく。五階部分付近ではより動きを小さくした。

 屋上への扉を音が鳴らないことを確認しながらゆっくりと開ける。

 その間、一気にサイレンの音が聞こえたから、おそらく地上では本署から来た各部隊が到着している。

 屋上に出た瞬間、その環境を測る。

(支点がたくさんある。よし、これならいける)

「イシ、この位置で無線通信員をやれ!」

そう言って石田を屋上扉のところで待機させた。

 屋上の縁には柵が張り巡らされていた。少し錆びている感じもしたが、それでも十分な強度がある。

 俺は忍び足で建物正面側の縁へ近づいていき、一瞬だけ顔を出した。

 そして要救助者の位置を見定め、両手をパーにして横に向け上下に重ねることで「この位置」と合図した。

 こんなハンドシグナルは存在しないが、口パクとこの場の雰囲気から二人も察してくれる。

「二十メートルのダブルロープで懸垂線を張ってくれ。結ぶだけ結んでロープは垂らすな。くれぐれも・・・」

 二人は深い頷きとサムズアップで最後まで言わせなかった。

 俺は石田の方を向き、人差し指を横に向けグルングルンと縦に円を描いて「結ぶ」と合図した。「現在、懸垂ロープ設定中」と無線を送らせたかった。

 石田が無線機を触るのを見て、意図が通じたことを確認した。

 俺は江尻と浅利の活動状況を確認しながら、自分のフルボディハーネスにカラビナを掛ける。

 石田がこちらに向かって大きく手を振った。俺が顔を向けると左手を左足を使って身体全体で大きく”R”の字を作った。その後に身体の前で箱の形を手で作ってサムズアップをした。

 つまり「救助隊によるレスキューエアマットの設定が完了した」という合図だろう。

 浅利が俺の肩を叩き、サムズアップをした。懸垂ロープが出来上がっている。

「墜落防止のため端末をひと結びしたのち、ロープバッグに懸垂ロープを端末側から収納してくれ」

 俺はもう一度だけ下を覗いた。位置は合ってる。レスキューエアマットの設定も完了している。それから要救助者の位置を再度確認した。

 要救助者は変わらず窓枠に腰掛けていた。にわかに後ろを振り返っているように見えたから、きっと誰かが説得しているのだろう。

 浅利がもう一度サムズアップをする。

 これで全ての準備が整った。

 俺は一旦全員を石田の元へ集めた。

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