第4-21話 野次馬
自分達が使ったものは自分達で洗う。
「もう次の班に任せましょうよー」
だるそうにデッキブラシを動かす浅利が文句を垂れ、水道ホースで水を流す江尻がたしなめる。
「うるせーな、いいから早くやるぞ!」
「ムラさん、朝は機嫌悪いから、黙ってやったほうがいいですよ!」
石田も浅利の手を催促する。
「誰が機嫌悪いって?」
朝の一服が終わって車庫前に顔を出すと三人が昨日使ったホースを洗っていた。
「自分で使ったものくらい自分で洗えよ!」
浅利がクシャッと顔のパーツを中心に集め怪訝な顔を向けた。
「ほらね?」
俺が石田を睨みつけると、石田は口を大きく開けて「ヤベッ」という顔をした。
昨晩はもう余力が残っていなかった。使った資器材の補充をするのが精一杯で洗浄まで力が余っていなかった。
昨日の夜よりも身体が重い。普段から身体を動かしているから、筋肉痛になどならないと思われるのだが、現場活動は訓練での動きとは全く違う。ほとんど緊張からくる力みによって引き起こされる。
「ダメだ、俺も身体動かん」
俺も一緒になってだらけたが、江尻は見向きもしないで続けた。
こういうとき、江尻は本当に役に立つ。と言うのも失礼なのだが、江尻は並外れた体力がある。体力といっても、単に走ったり持ち上げたりするあれではない。「身体を動かし続ける」ということに長けている。
ホースが洗い終わると次は空気呼吸器だ。ジャバジャバと水で洗って干す。
全ての洗浄作業が終わると、缶コーヒーを片手に喫煙所に帰っていく。
八時三十分を前に次班への申し送りが終わり、勤務時間終了までの時間を持て余した俺は、懲りずに喫煙所にいた。
別に悪気があるわけではないのだろうが、周りの野次馬根性がイラつくときがある。
昨日の火災は、場所が場所だっただけに話題性に富んだ。俺達はそれが嫌でニュース番組は見なかった。
「昨日の救出方法すごかったな!」
次班の職員に絡まれる。
個人的には、「すごかった」という表現が好きではない。なにがどう凄かったのかも理解していないのに、その一言で片付けようとする精神が気に食わなかったのだが、だからといって別に喧嘩するわけでもない。
これが本当に個人的感情なことを自分でも理解している。
「そっすね」
周りもバカではない。
そんなぶっきらぼうに返されて、それ以上突っ込んでくることはない。
喫煙所を切り上げた俺は、いつものようにバイク用のグローブを付けてヘルメットをかぶる。こうしてしまえば、話しかけられることもない。バイクの上にまたがって、三十分が過ぎるのを待った。
定時になると、ヘルメットのバイザーを開ける。
バイクのエンジンを掛け、ブンブンと二回吹かしてから「おつかれした」と誰宛かも分からない挨拶をして帰る。
帰りがけ、昨日の火災現場に寄り道した。
目的は特にない。
現場では今日も火災調査やら捜査が行われている。
キープアウトテープが貼られた外から現場を眺めた。改めて見ると、建物自体が大きく見えた。ということはつまり、まだまだ視野が狭い。現場を局所的に見てしまって全体を把握できていない。
ヘルメットを脱いで仰ぐように眺めた。
(それにしても、よくやったなアイツら)
そう思うのは、純粋なる称賛ではなく、一種の誤魔化しだった。
少々無茶が過ぎていた気もした。それでもそのリクエストに答え続ける彼らを称賛したくなる。というか称賛することで誤魔化している。
ふと建物から目を逸らすと、キープアウトテープの外で同じように建物を眺めてる女性を発見した。
「昨日はお疲れした」
彼女はこちらに気づくと、ハッと居直った。
「これは、村下しちょ」
「いや、勤務外だから」
俺は食い気味で返した。
彼女はスッと気をつけを解くと丁寧にお辞儀をした。
「昨日はありがとうございました」
思わず丁寧さに笑ってしまった。その顔に彼女は真面目に疑問の顔を浮かべたので、すぐに切り替えた。
「今日は捜査しないんだ」
「昨日は当直だったので」
まだ丁寧さは抜けない。というかきっとこのまま抜けない。それでもその堅さをにわかに和らげたくなっている自分がいた。
「そっか。にしても大変だったね。昨日は忙しかったでしょ」
少しずつ崩していく。
あの現場での食いつきが気になっていた。いくら仕事とはいえ、スイッチが入った状態の火災現場の俺に食ってかかるなど並の人間ではできない。ましてや女の子でそれをやったとなると、そこには何らかの意志があるように感じていた。
「はい。昨日は寝れませんでした」
「警察官てそんなに大変なんだ」
俺が驚いてみせると彼女は言い直した。
「いえ、業務としてというよりは個人的にという方が強いかもしれません」
(やっぱりな、なんかあんな)
そう思ったところで一気に冷めた。興味本位で突っ込むところではないような気がした。好奇心だけで突っ込もうとした自分がまるで野次馬のようで嫌気が差した。
「そっか。早く捕まるといいね」
その一言が余計だった。彼女がこっちを向くことはなかったが、それでも明らかに表情には怒りをまとっていることが分かった。
「はい。本当に。それを考えてたら眠れなくて」
「頼んだよお巡りさん」とでも言ってその場を終わりにしようかと思ったが、今度はそんなに簡単に流して良いものではない気もした。
「まぁさ、なんか手伝えることがあったら言ってよ。できる限り協力するからさ」
「はい、ありがとうございます。もしなにか情報が入った際は、教えてください」
彼女はそう言うと、スーツの胸ポケットから名刺を取り出した。
それを俺に差し出すときには怒りの表情ではなくなっていた。
俺は一言を添えて受け取った。
「ありがとう。名刺・・・は持ってないや」
疲れているせいか、デジャヴを感じた。
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