第4-18話 猫背

 「鈴木隊長から伝言です、建物三階部分にて燃料系の臭気が確認できました。よって本活動は現場保存に留意してくださいとのこと」

建物の内側階段、二階から三階にかかる階段部分で攻勢を仕掛ける部隊に伝言に行った。

 みんな面体を着けていて誰が誰か分からない。

 防火衣がオレンジ色の者を見つけて声を掛けた。

「わかった!どっから来た!?」

「自分は建物三階で内部に進入してました!」

声からして救助隊長の大川隊長だった。

「三階はどんな感じだ!?」

面体越しだと聞こえづらいから、これでもかと顔を近づける。

「現在、はしごにて内部に進入しており、数メートル進んだところです!」

「分かった!やっぱり上に向かって撃つのはキツイな、こっちはなかなか進めない!そっちがメインになると思うから頼むぞ!」

「了解しました!階段が見えてきたら無線送りますので、そしたら少し下がってください!では戻ります!」

 階段を離脱して三階へ行くためはしごの方に戻る。

 建物を出ると、まだ先ほどの女性警察官が待っていた。それでももう話し掛けては来ない。

 彼女には彼女なりの正義があって譲れない。それは俺も同じであって、いま戦線を離脱するわけにはいかない。

 俺はわざと前のめりに姿勢悪く歩いた。嫌な言い方をすれば、疲れてるアピールをした。というかどちらかと言うと、彼女に話しかけられないようにするという言い訳を見つけて少しだらけた。

 実際物凄く疲弊している。

 現着してからずっと空気呼吸器を背負っている。重い物を長時間背負っていると、前かがみになって背中に乗っけたくなる。そして猫背のまま歩く。


 はしごの下には柳小隊の大倉隊長がいた。

「内部の活動隊に現場保存留意の旨を伝達してきました」

聞かれてもいないのに報告する。

「とりあえずコレ飲め!お前ずっと動きっぱなしだろ」

そう言って大倉隊長はスポーツドリンクをくれた。

 この男はこういう絶妙な優しさを持っている。

「あざす」

短くお礼を言って、一気に飲み干した。

「鈴木隊長からで、前線指揮は大倉隊長に任せるって!」

俺は一気飲みで切れた息のまま伝えた。

「あぁそうかい。でも火のことはお前らの方が詳しい。俺はここで全体の把握をするから、局面指揮は任せるぞ!」

息が切れきってサムズアップだけで返した。

 この放任的なスタイルを責任感不足だとは思わない。この人は救急のプロではあるが、消防隊長となった今、火災現場を取り仕切らなければならない。そして各自が持てる力を全力で使おうとする。その登用主義スタイルが個人的には凄く好きだった。

 俺ははしご近くに置かれていたクーラーボックスからスポーツドリンクをポケットに入るだけ入れてはしごを登った。

 三階に着くと「戻ったぞー」と声を掛けた。

 みんなにスポーツドリンクを配り、各々交代交代で飲む。


 三階の窓からと内部階段で挟み撃ちにした挟撃戦術がかち合ったのは、それから三十分が経過してのことだった。

 途中途中、放水を交代で回した。

 途中浅利も合流し、放水要員に加わった。

 浅利は見計らったかのようなタイミングでみんなが疲弊しきったタイミングで来たもんだから、最後に挟撃の反対側と合流したときにノズルを持っていたのは浅利だった。

「なんか全部お前が消したみたいだな」

嫌味を言うと、彼は冷たくあしらった。

「んなこと誰も思ってないっすよ」

俺は残火処理を江尻と石田に任せて、一旦みんなを退避させた。

「ちょっと一回降りて休憩しよう!先行ってるぞ!」

 先にはしごを降りた。

 下では珍しくも火災現場まで出張ってきた消防局のお偉いさんと大倉隊長が話をしていた。

「大倉さん、鎮圧っす」

「おう!ちょっと休憩しろ!」

大倉隊長のそんな言葉も聞かずにお偉いさんが割り込んできた。

「鎮圧ってことはまだ火種は残ってるのか?」

俺は誰に話しかけてるのか分からず、後ろを振り返ったが誰もいない。

(あ、俺か)

「えぇ、後は残火処理したら鎮火っすね」

一瞬、眉が動いたのが分かった。

「ならはやく残火処理をして鎮火をかけろ!」

思わず目が細くなった。

 はしごからは疲れ切ってボロボロのビショビショのグズグズになった隊員たちが降りてくる。

「コイツらに言ってますか?」

全開で喧嘩を売った。

 大倉隊長は目を棒にして傍観している。というか楽しんでいる。

 お偉いさんは一瞬ウッと引いたがそれでも押し返した。

「そうだ!鎮火がかかるまで戻るな」

言いたいことが分からないわけではない。十分理解できる。報道機関も来ている、警察官もたくさんいる、おまけに現場が市役所ときたら何が言いたいのかなど聞かなくとも分かる。

 しかし俺も俺で限界を見極めた。

「お言葉ですが・・・自分の防火衣、お使いになられますか?」

無駄に丁寧な言葉遣いになる。俺はビショビショになった防火衣の上着を差し出した。

 やっと楽しみ終わった大倉隊長が割り込んだ。

「まぁまぁ、倒れられても困りますから。最近の若いヤツらは貧弱なんでね。それより指揮本部に警察署長が来ているそうです。そちらにご案内しますよ」

そう言ってその場をいなした。

「エジ、五分休んだら替わる」

三階で残火処理を続ける江尻に無線を送った。

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