第4-17話 騒然

 消火活動に移行してから、現場はだんだんと異様な空気に包まれていった。

 それに気付いてなかったわけではないが、それでも気付いてないフリをしていた。

 そもそも、こんな建物が燃えること自体が異常なことだ。

 それでも、逼迫した状況で連続的に冷静な判断を下していくということは、反対を見れば”動じない”ということだ。

 無駄に疑問を持ったり、変に好奇心に身を任せない。必要な情報だけを脳内に入れ、それ以外を排除していく。

 そうしなければ、その歪な空気に飲まれ浮足立つ。経験からそれが分かっていたから、不必要な情報を全部排除していく。時には無線機の電源を切ってまでも、目の前のことに集中したりする。

 とはいえ、それ以上に俺の努力を飛び越えてくるものもある。


 自身が斜めロープを降下したときには、目に入っていた。

 現場にテレビ局のカメラマンが来ていたことを。

 さすがにこれだけの大火で、当然といえば当然なのだが、それにしても数が多すぎた。現場にいる警察官の数が。

 そして、その警察官たちが口走っている「犯人」という言葉も耳に入ってきていた。

 どれだけ目の前の状況に集中しようと思っても、脳は勝手に働いてしまう。

 現場で叩き上げてきた勘が無駄に働いてしまうときもある。

 頭の中には「放火」という言葉が渦巻いていた。


 火災は劣勢になればあっけなく消える。

 ましてや、劣勢があれば優勢があるものだ。そこには強弱が存在し、その勢力には人の感情が加えられたりする。

 あの突飛な救出活動をした後ともなれば、感情は強くなり勢いは増す。

 みんなが押せ押せムードのなか、消火活動は攻勢が強まる。

 三階への進入を先行した敷島隊に他の隊も続いた。

 何隊かが入った後ろから、俺も三階の窓から進入した。中に入ると、明らかに燃料系の匂いがした。

(確実だな)

 この建物がこんな高所でストーブなどの暖房器具を使うとは思えない。仮に使っていたとしても、こんなに匂いが強くなることもないだろう。

「エジ、これは・・・」

俺は必要以上に深刻そうな顔を向けた。

「はい、自分も思いました」

中に入っている者全員に伝えることがあった。

「現場保存に務めること」

もちろん安全が優先だ。消火活動をしている以上、安全基準を下げることはできない。

 それでも、必要以上の破壊活動や収容物の移動を禁じた。

 いま進入している隊員をグルっと見渡すと、俺が一番の上席となる。

「エジ、一旦指揮本部行ってくるわ。局面指揮任せた」

「了解です」

前線を江尻に託して、俺ははしごを降りた。

 地上に降りると、指揮本部が騒然としている。指揮本部の中に、鈴木隊長の姿を見つけた。


「隊長・・・」

俺はザワつくなかで小さく耳打ちした。

「すでに隊長も分かってるとは思いますが、この火災・・・」

「あぁ」

隊長は言わせないようにすぐ返した。

「四類の匂いがプンプンしました。それから、前線には現場保存留意の指示をしてあります」

「分かった。一階の階段から消火にあたってるヤツらにも伝えてくれ、無線は使うなよ。それからこっちはこんな状況だ、火災の方は見れない。柳小隊の大倉と協力してそっちは任せる」

「了解す、伝達します」

もはや指揮本部では消火活動指揮どころではない。報道対応やら消防局との連絡やらでてんやわんやしていた。

 俺は指揮本部を離れようと、ごった返した人の間を縫っていると、突然声を掛けられた。

「あの・・・」

振り返ると、そこには一人の女性警察官がいた。

「はい?」

その女性警察官はメモを持って何かを質問する構えをしている。

「現場の状況を教えてもらえませんか?」

パッと見で俺よりも十歳は若く見え、どこか制服が大きいように見えた。背丈は低く、俺からは見下ろすような形になった。顔は幼く、まるで女子高生が警察官の服を着ているようだった。

「あ、現場戻るんで・・・」

そう言い残して去ろうとすると、彼女は俺の袖口を掴んだ。

「最初に建物に入った方ですよね?入ったときの状況を教えて下さい!」

だんだんと口調が強くなっているように感じた。

「いや、だからまだ消えてないんで・・・」

別に悪意があるわけではない。それでも彼女の口調に反応して強くなってしまった。

 俺は目を切るようにもう一度戻ろうと前を向いた。それでも彼女は掴んだ袖口を離さない。

「犯罪捜査は初動が肝心なんです!お願いします!」

そんなつもりはなかった。だが彼女の強い目を見て、俺も同じ様になり、少しの間、睨み合った。

 一度、指揮本部の方に目を逸らすと、鈴木隊長がなんとも言わない無表情な顔でこちらを見ていた。

(オヤジ、口出すつもりないな)

そう思ったのが何を意味したわけではないが、隊長が笑っていないところを見ると、彼女の本気を認めていると感じた。

 それに答えた。

 俺は掴まれている袖口を振り払い、今度は俺が彼女の肩口を掴み、建物がよく見えるところまでそのまま引っ張っていった。

「アレ見えるか?みんなまだ消してんだよ。それとも君も行くか?」

目を切って今度こそ建物へ向かった。

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