第4-14話 排気口設定
「さすがにそれはダメだ・・・」
俺はロープを受け取れなかった。
「でもこの状況・・・このプランを構想しているのはあんたです、あなたがここを離れるわけにはいかない。かといってこのまま何もしなければ全員蒸し焼きになります。二人で行く余裕もないでしょう。俺が一人で行ってきます」
最悪の思案だった。一番抱えたくない悩みだった。
自分が危険な目に合うのは苦しくない。だが部下は違う。ましてや部下一人にそれをさせる決断なんかできない、したくない。
「ダメだ俺が行・・・」
浅利は最後まで言わせなかった。
「あんたがそんなこと言わんでください」
浅利は睨むように言った。
「自分ばっかりキツイ思いしようとして、ヒーロー気取りっすか?」
俺は見事に挑発に乗って睨み返した。
「俺だってシキシマっす。ちゃんと働かしてください」
俺は何秒も浅利の眼を睨み続けた。浅利も屈せず負けじと逸らさない。きっと実際には三秒くらいだっただろうが、その時間がやけに長く感じた。
俺は諦めるように安全帯に掛けてあったハリガンを手渡した。浅利からロープを受け取る。無線機に手を掛けたところで、浅利がその手を止めた。
「言ったらダメだって言われます!言わなくていいです」
あんな眼で睨み返されて、それに答えない俺でもなかった。
「大丈夫だ、みんなも俺達がバカだって分かってる」
浅利の手を優しく払った。
「進入村下から指揮隊長、上階に溜まった熱気と煙が五階まで下がってきてます。ロープ設定のために開けた窓が排気口になってます。ついては進入浅利を上階に進入させ、上階の窓を破壊してより大きい排気口を設定します」
返信が気になったが、なんと言われても行かせるつもりだった。
「発射準備よし!」
割り込んで意味不明な無線がとんできた。
「発射?」
俺は思わず口に出た。
(今の声、救助隊の新川だよな・・・)
「指揮隊長了解、指揮隊長から進入村下、今から上階に向けて救命索発射銃を発射する、銃弾の錘を使って上階の窓を開口しようと思う、ついては先ほどの懸念事項はこちらに任せてほしい、どうぞ」
一瞬、理解するのに時間がかかった。
つまり地上部隊でもそれを予測して準備していたのだろう。
(誰だ、気付いたヤツは・・・)
「了解です、お願いします」
「了解、では二十秒後発射する、要救助者を窓際から離してほしい、以上」
俺達は急いで要救助者を誘導した。
無線機からカウントダウンが流れる。
「五、四、三、二、一、発射」
無線の直後、ドーンという空気銃の轟音が現場に鳴り響いた。
それを聞いて浅利の方に目を向けた。
「わり、バカなのは俺達だけじゃねぇや」
浅利は短くニヤリと笑って吊り上げロープを垂らした。
並行的に活動が進んでいく。
俺は最初に引き上げられたロープを部屋の中央にある柱に結びつけ、反対側を下に向かって垂らした。
「斜めロープ垂らします」
柳小隊に向かって合図する。
浅利は三回目の資器材吊り上げを終えると、簡易縛帯を全員に装着し始めた。
何度か先ほどのカウントダウンと発射銃の音が聞こえた。パリンッという窓ガラスの割れる音が聞こえるたびに熱気と煙が上階に戻っていくのが分かった。
そのたびに心の中は嬉しくなった。
単にここの環境が改善されるからではなく、全員が一心に戦っている姿が嬉しかった。
俺が結んだロープがギュンギュンと何度か引っ張られる。
外を覗くと、大の大人が二十人近くで引っ張っているのが分かった。そこには、消防士ではない服装の者もいた。
「では、最初は女性の方から行きましょう」
要救助者の中には女性が五人、男性が七人いた。怪我をして自力で歩けないのは男性で、この人は必然的に最後となる。
俺はその中でも、わりと活発そうな二十代の女性に手を差し伸べた。
「あなたから行きましょう」
もう一度丁寧に説明する。
「この斜めのロープにみなさんが装着している簡易縛帯の先端を取り付けます。そこにもう一本ロープを取り付けてそれをこちら側から緩めることで速度調整をしながら降ろしていきます」
ここまで見えるとみんな安心する。火災から逃げてきた要救助者の顔は煤けている。それでも不安な顔を浮かべる者は少なく、みんなハイハイと言うことを聞いてくれた。
最初の女性を誘導して、斜めロープに簡易縛帯の先端に取り付けられたカラビナを掛ける。
浅利が速度調節用の誘導ロープを取り付け、確保姿勢をとった。浅利がロープを緩めることで要救助者が降りていく。
女性を窓枠に座らせ、地上ではみんなが固唾を飲んで見守った。
「村下から各隊へ、斜めロープブリッジ救出開始します、以上」
全員に合図を送る。
「振り出すときは怖いと思いますが、中途半端に飛び出ると窓枠に頭をぶつけてしまいます。彼を信用して勢いよく出てください」
俺は親指で後ろでロープを構える浅利の方を指した。
浅利は「任してください」という言葉とともにサムズアップで返した。
活発そうな女性は選んだ甲斐があった。
「ハイ、ありがとうございます」
そう言って勢いよく飛び出していった。その様子は、よもや要救助者とは思えないほど軽やかだった。
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