第4-13話 ありったけ
無線機に手を掛け、マイクを口元に持ってきた。一度、乾いた唇を舐める。
「進入村下から敷島小隊長」
本来、指揮隊長に向けて発報するべきだろう。それでも俺はあえて鈴木隊長に向けた。
「進入村下どうぞ」
「救出プランについて報告します、どうぞ」
俺はたっぷりともったえぶった。もちろん、急がなければならないことは分かっている。それでも、これが最善だと思った。あえて時間をかけることで、みんなの注目を集めたかった。そうすることで、活動がより短縮されると踏んだ。
「どうぞ」
一拍置いて返信が返ってくる。
「斜めロープブリッジ救出でいきます」
あえて「どうぞ」は抜いた。だからというわけではないが返信はない。
無線を聴いている全員が考える時間を作った。そこから一気に早口で飛ばす。
「ついては、五十メートルロープ三本、カラビナと簡易縛帯をありったけください!携行したロープを吊り上げロープとして資器材を吊り上げますので準備が出来次第合図ください!吊り上げロープも輻射熱の関係で長時間は垂らしておけないので素早くお願いします!」
その無線が合図となって全員が動き出す。
その場にいた各小隊から「了解」の返信があり、最後に鈴木隊長から無線が送られた。
「バカじゃねぇのか・・・了解、時間がない、急げ」
この斜めロープブリッジ救出というのは、訓練ではやるものの現実的ではないと誰もが感じているものの一つだった。それをやろうというのだから「バカ」の一言も理解できる。
「敷島小隊長から指揮隊長、現場の局面指揮を執ってもよろしいでしょうか、どうぞ」
体裁上、段取りを踏む。
確かにこの活動は地上部隊の動きが重要になる。上層階での作業は大したことがない。地上がどれだけ円滑にスピーディーに活動するかが焦点となる。
「了解、敷島小隊長に現場局面指揮を命ずる」
指揮隊長も分かっている。
「敷島小隊長了解、当該火災活動中の各隊へ一方送信、各隊は先ほど進入村下が言った資器材を直下に置いた後、本署第二小隊は資器材の吊り上げポイントの管理及び吊り上げ作業、柳小隊は斜めロープの受け取り及び張り込み、清水はしご隊及び救助隊は斜めロープ下部支点での張り込み及び結索を行ってほしい、なおロープの張り込みには人数を要するため各任務が終了した隊は張り込み作業に協力してほしい、また輻射熱によるロープの溶断に注意して建物付近での活動には迅速さを求める、以上」
的確な無線指示を聴きながら、俺は
「ディー、吊り上げロープの準備をしてくれ」
バタバタと作業が始まる。
「みなさん、聞いてください!」
俺は十二人の要救助者をひとまとめに集めた。これから行う救出方法について説明をする。
「これからみなさんを斜めロープブリッジ救出という方法で救出します。この階と地上に斜めのロープを張って、そこを滑り降りてもらうような形で救出します。みなさんには縛帯というものを身につけてもらうので、みなさんが力を使ったりロープに触ったりすることはありません。滑り降りるといってもロープをこちら側からその縛帯というものに繋いで速度を調節しますので安心してください」
必要以上に丁寧に説明する。それでも、「恐怖」や「高所」という単語は決して使わない。
「それでは、これから準備に入りますので、もう少し待っててください」
少なからずザワつきはしたものの、騒ぎ出す人はいなかった。
「あの・・・私、高所恐怖症なんですけど・・・」
一人の女性が小さく声を掛けてきた。
「そうですか、大丈夫ですよ、では僕か彼のどちらかが一緒に行きますよ」
優しく返したつもりだが、いまは時間がない。聞き流すような形になってしまう。
「本署第二小隊長から進入村下士長、直下資器材準備よし」
「了解、では吊り上げロープを垂らします」
浅利に合図して吊り上げ作業に取り掛からせた。
地上部隊の活動で無線がよく鳴る。
俺はこのとき、ある違和感を感じていた。
(来たときより熱ちぃ)
理由ははっきりしている。
プランの策定と救出準備に夢中で気付かなかったが、にわかに煙が溜まってきている。
資器材が結ばれた吊り上げロープを引き上げた浅利がなにか言いたげにこっちを向いた。
「ムラさん・・・」
俺は分かりやすく顔をしかめた。
(熱気と煙がこの階まで降りてきてる)
俺は浅利に「続けろ」と顎で合図した。
資器材はまだこれで全部ではない。おそらく雰囲気からして、あと二回は吊り上げることになるだろう。
最初に吊り上げられた五十メートルロープを解きながら考えた。
浅利がもう一度、吊り上げロープを垂らして二回目の資器材を吊り上げる。
五階まで引き上げ、二回目に届いた簡易縛帯六個と大量のカラビナを離脱すると、浅利は俺に吊り上げロープを手渡した。
「俺が行ってくるっす」
浅利は投げやりのような言い方をしたが、きっと単なる決意の現れだったのだろう。
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