第4-12話 レッドライン

「ディー・・・人数を数えてくれ」

「十二人です」

要救助者の誰かがすぐさま答えたが、それには返事をしなかった。俺は単に時間が欲しかった。浅利はそれを察して、重ねて声を掛けた。

「一応こちらでも数えさせていただきますね。それから、怪我している人がいましたら教えて下さい」

浅利が要救助者情報をまとめる。

 俺は一旦、入ってきた部屋の入口まで戻り、要救助者に背中を向ける。無線機の音量を調節し、俺一人にしか聞こえないようにした。

「進入村下から指揮隊長、要救助者発見、はしご車は・・・掛けられませんか?」

諦め半分で聞いたが、その時だった。

(アレなら、一気にいけるかも知れない)

我ながら名案だった。むしろなぜここまで気付かなかったのか。

「再度指揮隊長、消防ヘリの航空支援を要請します!要救助者を屋上まで連れていきます!」

俺は必死に声を押し殺して送ったが、浅利には聞こえたらしい。浅利はわずかにこっちを向いたが、動揺しまいと聴取を続けた。

 突然、一人の要救助者が騒ぎ立てた。

「おい!早くしてくれ!下は燃えてんだろ!早く助けてくれ!」

その男性は俺に近づくと、低い姿勢のまま俺の安全帯を掴んだ。

「落ち着いてください!現在、救出プランを模索中です!」

浅利に引き戻されながらもまだ騒いだ。他の要救助者も明らかに不安な顔を浮かべていた。

 一旦、要救助者を落ち着かせようと思って声を掛けた。

「みなさんよく聞いてください!現在この建物は三階が激しく延焼しており、屋内の階段が使えなくなっています!いま救出プランを模索しておりますので、彼の指示に従ってください!」

その言葉と引き換えに無線機が鳴った。

「指揮隊長から進入村下、さきほど要請を掛けたのだが、ヘリは航行不能だそうだ」

指揮隊長の声は明らかに言いづらそうな声だった。

絶望の返事だ。聞きたくもない。

重ねて無線が鳴った。

「ムラ、何人だ?」

鈴木隊長だった。

「十二です」

隊長に合わせて崩れた無線を返す。

 明らかに地上でも動揺が広がっているのが手に取ったように分かる。どこからも無線が帰ってこない。

 俺は頭を整理したくてもう一度ドアの方へ行き、部屋の外を確認した。全く無意味な行動。

 一度、煙の中を深呼吸した。呼吸が苦しい。肺に酸素が届かず、もちろん脳にも届かない。

 ドアから顔を出したまま、しばらく動かなかった。

「・・・ラさん!」

後ろから浅利の声がした。

 要救助者のなかには、この状況を察して騒ぎはじめる者、恐怖で声が出なくなる者がいた。

「ムラさん、要救助者十二人、うち一名が足を挫いて歩けません」

俺は返事もなく頷いた。

「ムラさん!ヘリは?」

「いや・・・ヘリは航行不能だ。それにこの濃煙だ、おそらく最上階には煙が充満してる。空気呼吸器二基で十二人を屋上まで運ぶことはそもそもできなかったな」

 残る手段はロープ降下しかない。しかし、この状況で降下するためのロープを垂らすと、数分間で三階部分のロープが溶断する。降ろせても、一人か二人がいいとこだった。それも憶測の範疇だ。

 俺は窓から外を覗き込んだり、部屋のドアから顔を出して中を見たりした。


「ムラ、レッドラインは屋上だ」

 その無線はいつになくハッキリと厳格に聞こえた。

 ”レッドライン”とはつまり、最終手段のことだ。

(最上階に溜まった煙がどれくらいかも分からない。活動時間二十五分の空気呼吸器二基を使ってどれだけの人数を動かせるかも未知数だ。やるだけのことをやるという最終手段。もちろん俺には浅利を連れてきたという責任がある。退路のないレスキューだったとしても、最低限救出して浅利を無事に連れて帰るということだけでも御の字だ。ましてやこの状況で救えなかった者が出たとしても責められることはないだろう。苦しいのは自分だけで、それ以上の犠牲を払う必要はない。ここまで来ただけで、十分よくやった)

走馬灯のように一瞬で脳内を巡った。

 それを三周させたところで、諦めがついた。

「バカじゃねぇのか」

小さく吐いた。

 俺はもう一度窓から下を覗いた。相変わらず三階は黒煙を吐き出している。そこから少し目線をずらすと、みんなの姿が小さく見えた。全員がこっちを見上げている。

(誰も俺にそんなこと期待してねぇよ)

そう思うと、思わず鼻から息が抜けた。

(あのオヤジ、ワザと言いやがったな)

きっとワザとではない。本心から出た支持だったのだろうが、今の俺には催促するように思えた。

 俺は浅利の方を見た。浅利はこの状況に怯んでいる様子はなく、むしろ落ち着いているように見えた。

 これもきっと落ち着いていたわけではない。俺に全幅の信頼を置いているなんていうロマンチックな話でもない。浅利には切迫を表情に出さないという強さがある。

「ムラさん、真下がダメなら・・・」

もう一度鼻から息が抜け、今度は広角まで上がった。

「斜めだろ!」

それはあまりにも常識からは外れ、しかしこの状況に最も則した方法だった。

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