第4-7話 病院搬送

 全員の動きが固まった。

 啖呵を切った仲宗根も抵抗を見せた渡部救急隊長も、もうあとには引けなかった。

「エジ、ディー!黄色タグの男性を救急車内へ収容さしあげて!」

変わらず全員が動けないでいたが、俺だけは明らかな違和感を感じた。

(なんでこのオヤジ、こんな丁寧な言葉使うんだ・・・)

「ほら、早く!痛がっているだろうからバックボードで丁寧に!」

(なんか企んでるな・・・)

そう思った瞬間、俺は鈴木隊長と目が合った。

 そして隊長は、消防車の方を指さした。何かを訴えるように眉が上下した。

 俺は全てを察し、思わず下を向いてほくそ笑んだ。


「エジ、ディー、男性の車内収容補助!イシも手伝ってやれ!」

そう言いながら、俺は仲宗根に近づいた。

「乳児の万が一、救命に必要な資器材を全部消防車に積み込め」

仲宗根はキョトンとした顔を浮かべた。

「いいから、早く!」

渡部隊長はなんとなく掴めているようだった。恐る恐る「ハイハイハイ」と言わんばかりに軽足を踏んだ。

 鈴木隊長は先程まで騒ぎ立てていたスーツの男性を救急車内に案内していた。

 俺は乳児を抱えるお母さんのもとへ向かった。

「いまからあなた方を搬送します。本来、優先されるのはお子様だけなのですが、まだ幼いのでお母さんも一緒に来てください。それから、旦那様は現場に残っていただきますがよろしいですか?」

先程までの一部始終をみていたから、二人とも不安な顔を浮かべたまま思考停止している。

「あの・・・どうやってウチの子を?」

「あなた方を消防車で搬送します」

「え?」

「旦那様はこちらに残っていただけますか?」

俺は淡々と説明をした。

 二人はわけが分からないという表情を浮かべたまま、言われるがまま動いた。

 まだ詳しく説明するわけにはいかなかった。

「では、お母様は消防車の隣で待っていてください」

俺は促してから、無線機で柳小隊の大倉隊長を指揮本部へ呼び出した。そこで一気に説明する。

「どうしたムラ?」

大倉隊長が呼ばれて来た。

 俺は指揮隊長と大倉隊長に鈴木隊長の企みを打ち明けた。

「鈴木隊長、あの赤ん坊を消防車で搬送するつもりです!」

指揮隊長はあからさまに煙たい顔をした。大倉隊長はニヤついている。

 だからといって、消防隊のメンバーで搬送したところで救命処置ができるわけではないから意味がない。


 自然と各任務を終えた者達から指揮本部に集まってきた。

「スーさん、どういうつもりだ?」

指揮隊長が理解しているにも関わらず鈴木隊長に言わせた。

「悪いなぁ、コイツらが言うこと聞かないもんで」

おどけてみせた。もちろんそんなつもりはない。

「ナカソネ、念を押して聞くが、わざわざここまでやる必要があるんだな?これで何もなかったですじゃ、お前もただでは済まないぞ?」

今度は仲宗根に確認した。それでもその諦めた表情には嫌味が感じられなかった。

「はい。全員を確実に救うにはこれが最善だと思います。何もなかったらそれでいいです」

鈴木隊長は「ほらな?」とでも言いたげに渋い顔をしてみせた。

「分かった。それじゃあ現場は俺達に任せろ。くれぐれも気をつけるように」

「了解」

全員のサムズアップが揃った。

「ナカソネ、お前こっち!それから救急隊長も!」

鈴木隊長がそう言って消防車を指さした。

「俺と浅利が救急車に乗る、エジは現場に残ってくれ!病院交渉はまとめて救急隊の方でやってくれ!決まり次第搬送開始する」


 結局、赤ん坊とお母さんを乗せた俺達消防車も議員先生を乗せた救急車も同じ救命センターへの搬送が決まった。

「鈴木隊長の判断、すごかったな」

消防車の助手席には渡部救急隊長が座っている。

「自分も考えはしたけど、さすがに言えなかったです」

 消防署に入って十年、機関員になってからもそれなりの月日が経ったが、救急隊員の資格を持っていない俺にとって、消防車で病院に向かって緊急走行するのはこれが初めてだった。

 その搬送中、事あるごとに赤ん坊のお母さんが「すいません」と言っていた。それを励まし続けていたのが石田だった。

 後部座席には他に仲宗根が乗って赤ん坊の観察を続けた。


 病院についたのは、ほとんど救急車と変わらないタイミングだった。

 渡部救急隊長の誘導に従って消防車を進めた。

 病院サイドとしても、まさか消防車が来るとは思っていない。救急外来の入口に着けると、外へ迎えに出た看護師が数名ザワついていた。

「消防車で運んできたんですか?」

驚く看護師に、俺は窓越しに答えた。

「救命士と救急隊長が同乗してます」

 なんとも答えになっていない言葉で返した。

 俺と渡部救急隊長が先に降りる。救急隊長は看護師に説明しに向かい、俺は消防車後部座席のドアを開け、そのままお母さんから赤ん坊を受け取った。

 抱えた赤ん坊を看護師へと手渡し、看護師達は母親と仲宗根、救急隊長を引き連れて病院の中へと入っていった。

 俺達はそれを見送り病院の外で待った。

 赤ん坊の病状に関しては気にならなかったと言えば嘘になるが、あえて気にしないようにした。

 なぜなら、俺達の行動に関して正誤を問うと、それが直接赤ん坊の不幸を意味してしまうからだ。だからこそ「何も考えない、俺達はやるべきことをやっただけ」と、それだけを考えた。

 救急車での搬送を終えた鈴木隊長と浅利も病院の外にいた。

 俺達は消防車のステップに寄りかかり、話をするわけでもなくただひたすら腕を組んで待った。


 しばらくして、仲宗根と救急隊長が戻ってきた。

 「どうだった?」とは聞かない。

 仲宗根は、うつむくわけでもなく、表情を明るくするわけでもなく、淡々とした表情を浮かべていた。

 切り出したのは渡部救急隊長だった。

「頭蓋内出血だったよ」

その言葉にも相変わらずどんな表情を浮かべていいかが分からない。

 俺は仲宗根の肩をポンッと叩いた。

「救命士サマサマだな」

その言葉が褒め言葉のようには響かなかった。

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