第4−5話 多数傷病者

 出動途上、隊長はやたら声を発した。

 それを見るだけで切迫した状況の可能性を感じた。

 もちろん全てが全てではない。隊長の勘も空振るときがある。それでも空振りなら空振りでいい。この隊長はそれを恐れない。なによりも出遅れることを恐れる。ゆえに常にハイリスクから物事に取り掛かっていく。

「多数傷病者事案の可能性がある。そうなれば先着するウチの救急隊が指揮統制に回るから劣勢になる。バックアップしてやれ。それから、こういう事案は初歩的な安全管理を見落としがちだ。事故車両及び災害現場の安全管理を確実に怠るな。特に必要があれば警戒筒先と車両固定は確実にやってくれ。それと、もし初動で重症者を発見しても処置には取り掛かるな。目の前の任務に集中しろ。俺は指揮本部に入ることになるから、活動指揮はムラに任せる」

隊長がペラペラと話したあと、俺が細かく振り分けていく。

「エジ、現場全体の安全管理、ディーとイシで車両固定と警戒筒先を設定してくれ。俺は救急活動の補助に向かう。活動進捗については逐一俺にあげてくれ」

「了解」という返事のあと、後部座席に座る三人はそれぞれゴモゴモと相談を始めた。


 現着すると、そこには想像どおりの光景が広がっていた。

 普通乗用車が三台ぶつかったようで、情報収集をする以前に状況が読み込めた。

 明らかにどちらかの信号無視による衝突事故であり、その後ろから更に突っ込んだ状態であった。そのなかでも最初に事故のきっかけとなった二台のうち、黒いセダンだけが異様に輝いているように見えた。

 消防車も救急車も停車すると同時に全てのドアが一斉に開いた。

 まるでこれが訓練で、各々が自分のやるべきことが分かっていたかのように散り散りに動いた。

 普段は温厚な救急隊長から大声が発される。

「事故の関係者の方は救急車のところまで来てください!」

そこにぞろぞろと数人が集まっていき、鈴木隊長もそこにいた。

 俺以下ほかの隊員達はそれぞれ途上で指示された任務に取り掛かっていく。消防車を降りた瞬間に一瞬で大まかな傷病者数を気にした。

 横目で他の隊員の動きも追う。救急隊の武林と仲宗根が傷病者数の確実な把握にかかった。

「エジ、現場と車は任せた!」

 俺は安全管理作業を江尻に託し、とにかく救急隊を処置に取り掛からせることを優先的に考えた。

「ナカソネ、人数把握は俺がやる!トリアージ初めていけ!」

「了解す!」

「ムラ、おそらく最初に衝突した二台のうち白いSUVに三名、黒のセダンに二名、あとから衝突しただろう青いワンボックスに三名うち一名乳児だと思う!確認頼む!」

武林が最低限の情報をくれた。

 俺は渡部救急隊長と鈴木隊長のもとへ行った。

「隊長、傷病者おそらく七名だと思われます!なお、救急隊員にてトリアージ開始!」

「了解、事故形態は想像のとおりだ。白いSUVが信号無視して黒のセダンが側面から衝突した。なお乗員は三、二、三の計七名」

そこに江尻が走り寄ってきた。

「現場の安全管理、オッケーです!救急隊の補助にかかります!」

江尻はそのまま踵を返すと、トリアージをやっている救急隊の二人のもとへと向かっていった。

「ムラ、トリアージ組の進捗に合わせて伝達を頼む!」

ハッキリとそう言ったあと、俺の耳元に近づいた。

「重症は何人だ?」

周りには聞こえない声量で聞いてきた。

 現着してから、ここに来るまでにそれとなく情報を集めていた。

「おそらく、赤タグは二名かと」

隊長よりも小さな声で返した。

 隊長は更に蚊の泣くような声で答えた。

「あの二人、議員だ」

そう言って隊長は、黒いセダンの脇に座り込むスーツの二人を一瞥した。

 二人のうちどちらが議員なのか、見ただけで分かった。

 そのうち、事故車両の横でトリアージにかかっていた二人の位置が動いていた。

 俺はそこに走っていき、武林の脇について「端的に」と促した。

 仲宗根は必死に観察と評価を続ける。

「現在二人目、見た目で重症と思われる方から実施、なお一人目は赤」

「了解、終わったごとにイシを伝令で走らせてくれ」

 俺は鈴木隊長のもとへ戻り「一人目は赤」と伝えた。

「分かった、救急隊の増隊要請をかける」

現場がガヤガヤと動くなか、うめき声が聞こえていた。

 俺はあえてそっちの方向を見ないようにしていた。それは俺だけではなく、現場にいる全員がそうしていた。

 うめき声をあげているのは、先程仲宗根達が観察に当たっていた赤タグの方からではなく、黒いセダンの方から聞こえていた。

 ちょうどそこに指揮隊、二番手の救急隊、少し遅れて柳小隊が到着した。

 現場には指揮本部が作られ、そこには指揮隊他、鈴木隊長、渡部救急隊長が入った。

 俺は活動隊員と指揮本部との調整役となった。事故の概要把握から始まった活動方針は搬送順位の決定が主眼となっていく。

 傷病者全員のトリアージが終わって、武林だけが戻ってきた。全員に聞こえるようにトリアージの結果をまとめて伝達する。

「傷病者七名、赤二名、黄色一名、緑四名で赤一名は骨盤骨折、もう一名は胸部外傷と思われる、なお最優先は骨盤骨折の男性です」

傷病者の内訳は、赤タグの二名が白いSUVに乗っていた二名、黄色タグが黒いセダンに乗っていた一名、それ以外が緑タグという内訳だった。

 単純に考えれば、赤二名のあと黄色一名を搬送し、その後に順次緑を搬送していくという流れだった。

 そして見るからに、この黄色タグの傷病者が鈴木隊長が耳打ちしてきた議員のことだろう。

 その報告により、二番手の救急隊の任務が言わずとして決定した。二番手の救急隊は最優先される傷病者の搬送にかかった。

 そして指揮本部では、その後の搬送順位について話し合いがなされた。そこになぜかスーツの男が混ざっていることには全員が気付いていた。

「タケ、黄色は何?」

「左腕の開放骨折」

 聞くだけでうめき声の理由は伝わってきた。

 そして指揮本部に混ざるスーツの男が何を言いたいのかも分かった。


 報告に来た武林の後ろを石田がついて来ていた。石田はそっと俺の袖を掴むとみんなに背を向けて聞こえないように話を始めた。

「ムラさん、なんかおかしいっす」

石田は異様な表情を浮かべていた。思い悩むように見えたが、それはハッキリとした確信を持っているように見えた。

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