第4-3話 止まない晴れ空

 会話にリズムが感じられない。テンポが悪く、一つ一つに間が開く。

 それでも、そのテンポの悪さがなぜか気持ちよくて、それはまるで焚き火を傍観しているかのようだった。

 なにかに合わせて質問と相槌を繰り返した。きっと俺の脳みそが解釈する時間に合わせていたのだろう。

 最後の質問は「辞表はもう書いたのか?」だった。

 それに小さく頷いた石田に掛けた言葉は、あまりにもあっさりしていた。

「じゃあ、いまから提出しに行くか」

 どこに提出するべきなのかも分からなかった。本来なら、まずは鈴木隊長に言うべきなのだろうが、伝えたいことはそんな現実的なことではなかった。俺は飲み込んだということさえ伝わればそれでよかった。

「あなたに伝えることだけが心のツカエでした。それが済んだ今、もう焦りはないですよ」

石田は期待通りの答えを返した。

 「隊長はなんて言いますかね?」

石田が不安げに聞いた。といっても、隊長に何と言われたからといっていまさら翻る意思でもないだろう。それでも、「大好きな人には理解を得たい」そう思う彼の気持ちは痛いほど伝わった。

 ましてや実の父親に冷遇された彼にとって、父のように慕う隊長の反応は気がかりなのだろう。

「俺から話そうか?」

断ることなど聞かなくとも分かるのに、それでも聞いた。

「いいえ、自分から話します。あなたが理解してくれただけ十分です」

石田は言い聞かすように言って、訓練棟の階段を先に降りた。


 会議室の扉が締められた。中には石田と鈴木隊長、渡部救急隊長がいる。

 俺は事務室で自分以下四名の者を椅子に座らせ、端的に話をした。そのなかで何よりも驚いたのは、江尻の反応だった。

 江尻は特に声を荒げることもなく、静かに驚きの表情をするばかりだった。

 他のみんなはそれぞれ想像した通りの表情を見せた。

「エジ、なんか反応薄いな」

そう促してみたが、それにすらあまり食いつかなかった。

「いやぁ、すごいなぁと思って・・・」

なんとなく冷たくも感じたが、その無駄の無さが妙に心地良かった。必要以上に驚くこともなく騒ぎ立てもしない。無駄な評論もなければ、不必要な声援もない。

 決定者の意思を尊重する最善の方法な気がした。

 そしてそれは、隊長らも同じだったようで、俺の話と会議室の密談はほぼ同じタイミングで終わった。

 会議室から出てきた鈴木隊長は小さく「まぁそういうことだから」とみんなに言った。それ以上もそれ以下もなく、これからどうするかということすら達されることはなかった。

 つい先日、江尻のPTSD問題で仲間が去る危機を迎えたばかりだった。そしてその少し前には霧島隊長が思わぬタイミングで前線を退いた。これは前向きな別れである。そうでなくともどのみち異動時期を迎えればバラバラになる可能性は高い。そう思えば、別に石田が消防を辞めたからといって、俺達の生活に大きな影響を与えることはない。

 それでも、俺達には浸る時間が必要だった。それは俺にとっても、石田にとっても、隊長にとっても同じことだった。

 決して重苦しい空気が流れるわけではなかったが、それぞれが言葉少なく時間を過ごした。


 そしていつものように朝、目が覚めるとそこには違う世界線が流れているような気がした。

(そうだ・・・アイツ辞めるんだ)

 朝の掃除に取り掛かっても、朝食を食べても気が晴れることはない。当たり前だ。なぜなら、決して雨が降っているわけでも、どんよりと曇っているわけでもないから、晴れる空すらないのだから。

 こればかりは時間が解決するしかないと感じた。

 家に帰ってからも、特に世界は変わらない。石田が消防を辞めるということが決まっても、世界は驚くほどに変わらない。

 バイクのマフラー音は相変わらずいい音だし、コーヒーはいつもどおりの香りを漂わせる。テレビをつけても、アナウンサーがそのことを報じることはない。

 唯一いつもと違っていたことは、俺が一日中スマホを握りしめていたことだけだ。

 何度か誰かを食事に連れ出そうかと考えたが、そんな勇気すらなかった。きっと俺以外の全員もそうなのだろう。

 そしてその状態は次の仕事日まで続いた。つまり、休みの間ずっとそうしていた。

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