第3-42話 作戦会議
江尻に諭されたとは言え、心の中のモヤが晴れたわけではなかった。
こういう時いつも思うことがある。「新人の頃は良かった。余計なことを考えず、馬鹿みたいに必死になっていればよかった」俺一人の動きが部隊や他人の評価につながる事はなかった。
今では考えなければならないことばかりである。
正直言って上に迷惑をかけることについては、もはや半分諦めている。申し訳ないとは思うが持ちつ持たれつの関係性だと身勝手に解釈している。
しかし下に対してはそうはいかない。いくら教育の一環とはいえ、若者の未来を奪っては元も子もない。
そんなジレンマを抱えながらも解決方法など何一つも思いつかず、考えたあげく「悩んでも仕方がないから訓練しよう」となってしまうから、負のループを生み出しているのは結局自分自身なのだろう。
それでも一つだけ譲れないものがあった。
「ジレンマにやられて身動き取れなくなる」という道だけは辿りたくなかった。つまり、何もしないくらいなら批判された方がマシということだ。
本当なら万人受けという道を歩めたら理想だが、そんな器用な人間ではない。そのうえ、そんな不器用な部分を自分自身が嫌っているわけではないから、いよいよ重症かもしれない。
「あいつは頭がおかしい」と言われてもニヤけてしまう。
結局、どんな手段も打たなかった。唯一やったことと言えば、江尻に一瞬でも漏らしたことを後悔したくらいだ。
つまり日常は変わらない。仕事に来れば、業務と訓練の繰り返し。大きな変化はなく、大きな事件も起きない。
「自分は事前に役割を決めておくべきだと思います」
いかにも生真面目な石田らしい意見が返ってきた。
午後の訓練を終え、デブリーフィングのなかで話が上がった。議題は「隊員間の任務分担」についてだ。
「いや、それやると決められた活動しかできなくなる」
そう反論したのは浅利だった。
「いいじゃん、いいじゃん。ではイシ、お前の意見のデメリットは?」
俺は若者の意気込みを煽った。
「デメリット…は、自発性がなくなります」
「そうだな。言われたこと、決められたことしかできなくなる」
石田の意見を噛み砕いた。
「じゃあディー、デメリットは?」
「いいえ、ありません」
俺と江尻はコケるように崩れた。
「無いって事はないだろう」
浅利は分かりやすく不貞腐れた。
「決めとかないと何もできないなんて、小学生と同じです」
浅利はこういう物言いをするから嫌われる。
本人としては、周りに対して喧嘩を売っているつもりはないのだが、万人に理解されることではない。
「まぁ、お互い長短あるよな。じゃあウチはどっちだと思う?」
石田と浅利は止まった。江尻は少しニヤついていたから、にわかに気付いているのだろう。
「ウチは決めておかないタイプじゃないんですか?」
石田が疑うように聞いた。
「溺れてんな」
冷ややかに江尻が笑った。
「思い込みだ」
俺も江尻と同じようにあえて嫌な言い方をした。
「固定されてるってことですか?」
浅利が不機嫌に聞き返す
「災害によって変えてるんだよ」
江尻が端的に言うと、石田は納得の顔を浮かべ、浅利は俺の方を見た。
俺は何も言わずに事務室のほうに目を向けた。
「災害に応じて鈴木隊長が決めてるってことですか?」
「そう。だから、そのスタイルを見てれば、この災害がどれだけテンションがかかっているのかが分かるんだよ」
俺は事務室の方へ目を向けたまま言った。
「それを噛み砕いてムラさんが伝達している。俺達の能力に応じて、指示が必要かどうかを判断している」
江尻の言葉を聞いて浅利は反省したように目を細めた。
「浅はかでした。自分はシキシマに来るまで、"そんなこと言われなくてもわかるだろ。言われる前に気を使え"そう言われてきました。こんな考え方があると思わなかったっす」
その言葉に俺は全開に嫌味を込めて返した。
「そんなの指示できないヤツの言い訳だよ。ウチのアタマは違う」
「プー、プー、プー、、、救急指令、PA連携、入電中」
話題に影響されてか全員が早い初動だった。
俺と江尻は事務室に向かって走り、石田と浅利は装備の準備にかかった。
指令システムコンピューターを操作しているのは仲宗根だった。
その様子を見れば、ある程度その災害に対する雰囲気を察することができる。だからディスプレイを見るというよりはコンピューターの前に座る者を見る。
「は…立てこもり?」
ある程度、雰囲気を感じ取れるとはいえ、今回ばかりは全員がディスプレイに食らいついた。
運転席の隣に座るこの男は、時として異常なまでに不機嫌な時がある。
基本的には人一倍穏やかなのだが、思い返してみれば恐ろしいほど分かりやすかった。
そしてその原因のほとんどが奥さんとの喧嘩らしく、今までに理由を聞いた事はないが、ほとんどの場合喫煙の回数が増す。そして無口になる。
そうなればおのずと活動にも影響が出る。
”公私混同”そう言われてしまえば、それまでかもしれないが、俺としては全く気にならなかった。むしろ人間らしさを感じて気持ちが良い。
この男は今日も無口だった。そういう日は、余計に話しかけたりしない。
「現着したら、救急隊長の指示に従おう」
あとで思うと、俺のこの指示がいけなかったのかもしれない。
【Instagram投稿】
小説のなかのセリフやワンシーンを消防フォトに添えて投稿しています!
https://www.instagram.com/kai.shikishima2530
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