第3-35話 放置通報

 浅利の初勤務が終わった日、家に帰ってスマホを見ると、一件の留守電が入っていた。

 それはアメリカに留学中のサキちゃんからで、俺は内容を聞く前から言わんとすることを察した。

(最近、連絡がおざなりになってたからな・・・)

決してめんどくさいわけではない。嫌いになったわけでも、冷めたわけでもない。単純に考えないようにしていた。本当はすぐにでも会いたいし、声を聞きたい。それでもそれが叶わない現実に打ちひしがれていた。その結果「考えない」という、なんとも可愛げのない結論に至ってしまっていた。

 俺は恐る恐る再生ボタンを押す。

 録音メッセージからは女性二人の声がした。


「もしもし119番です。火事ですか?救急ですか?」

「あ、あのぉ、ちょっと困ってることがあるんですけど・・・」

「はい、どうしました?」

「あのぉ、なんか忙しいみたいなんですけど彼氏が全然連絡くれないんですよぉ」

「あ、それは困りましたねぇ。彼氏さんに電話してみたらいかがですか?」

「そうですねぇ、してみます。ありがとうございました」

ひととおりの茶番が終わったあとに少しの間が空いた。

「あんまり放っとくと、アメリカの消防士さんに目移りしちゃうぞ!」


 可愛らしく怒った声で録音メッセージは終わった。

 冒頭、サキちゃんの声は分かったが、もう一人の声が誰のものなのか分からなかった。最初は現地の友達か何かかと思ったが、聞いていくうちに聞き慣れた声であることに気がついた。

 それは鈴木隊長の奥さんだった。

 俺は咄嗟に画面を切り替えて電話を掛けた。電話は何コールもしないうちに出た。

「あ、もしもし・・・」

俺の声の反対側で二人の笑う声がした。

「もしもし、ムラちゃん?」

「あ、もしもし・・・なんで・・奥さんがそっちにいるんですか?」

二人はケラケラと笑っている。

「いや、娘がアメリカで一人頑張ってるんだから、たまには顔でも見に行こうかと思ってね」

ご近所同士の奥さんとサキちゃんは親子のような間柄だった。

「そうだったんですか!・・・それなら、一言言ってくれてもいいじゃないですか!」

俺がそう言うと二人の笑い声が止んだ。

「だってぇ・・この頃、ヒロくんもムラちゃんも、キリさんやエジくんのことでなんか忙しそうだったんだもん」

確かにそのとおりだった。

「ヒロくんなんか、家で溜め息ばっかついてたんだよ?なんか楽しげに話せる雰囲気じゃなくてさ」

「確かにそうでしたね・・・」

「まぁでも、こっちは女二人で楽しくやっているから心配しないで!あ、そうだ!ヒロくん暇してるだろうからご飯にでも誘ってあげてよ!じゃあね、バイバーイ!」

俺が奥さんの勢いに任されて「はぁ・・・」と弱い相槌をしていると、一方的に電話は切られた。

 すぐさまサキちゃんからLINEが入った。

「あとでまたゆっくりかけます」

 驚きはあったものの、俺は安堵した。正直、最近忙しさに甘えてサキちゃんのことを気にかけていなかった。

 それに、俺の身の回りで起きた出来事を話すキッカケを完全に見失っていた。きっと奥さんが話してくれるだろうから、それに乗っかることができる。


 休みはのんびりと過ごす。ここ最近、心休まる瞬間がなかった。決して直接的に自分自身に問題が起きたわけではなかったが、仲間の事となると、自分の事以上に疲れる。それらが一気に解決したときの開放感たるや極上の休暇となった。

 まるで呼吸しづらい火災建物の中にいるようだった。そこから外に出たときの呼吸のしやすさは、俺達に呼吸できることの喜びを与えてくれる。それを多くの消防士は「生きてる実感」と呼んだ。


 夜になってサキちゃんから電話がかかってきた。

「もしもし」

「もしもーし、生きてますかぁ?」

そんな他愛のない挨拶から始まる。

「やっと電話してくれる気になったんだね」

言い方によっては嫌味に聞こえるようなことも、彼女が言うと天真爛漫に聞こえる。

「ごめんね、なかなかできなくて・・・したくなかったわけで・・・」

「いいの、いいの、頑張ってるんだなって思ってたから大丈夫!・・でも・・ちょっと心配だったけど・・・」

 少しの気まずさから始まった会話は、だんだんと俺の身の上話になっていった。

 霧島隊長が去ったこと、助教に派遣されたこと、江尻が病に罹ったこと、俺の報告にサキちゃんは「うん、うん」とただひたすら耳を傾けてくれた。

「いろいろ・・・大変だったんだね」

「うん」

「でも、ソウくんはどうせ大丈夫なんでしょ?」

サキちゃんはどこかさみしげに聞いてきた。

「え?」

俺が聞き返すと、サキちゃんは急に声が小さくなった。

「たまにはさぁ、頼ってほしいなぁ・・・」

その声を聞いて申し訳なくも思ったが、どこか嬉しかった。

 忙しかったとはいえ、俺も俺で心の拠り所がない状態がしばらく続いていた。普段仕事で強くあるからこそ、頼りたい部分を豊富に持っていた。それでも仕事上の立場といい、自分の性格上といい、素直になれなかった。

 俺はサキちゃんから近寄ってきたことによって気持ちが溢れ出しそうになった。といっても、それが実現できるわけでもない。押し殺しながらも、少しだけ素直な気持ちを言葉にして、短めに電話を切った。

 高まった気持ちのまま、名残惜しそうにスマホを握っていると、すぐさまLINEが鳴った。

「最後に”これからは頻繁にかけていい?”って聞いてくれたの、とても嬉しかったです」

あえて敬語になっていたその言葉が、彼女の真意を表しているようで、気持ちが止まらなくなった。

 無理なことは理解していながらも、俺はカバンから手帳を取り出し予定を眺めた。

(長期休暇なんて・・・とれないよな)

諦めながらも「せめて長期ではなくても」と思い、スマホでニューヨークまでの所要時間を調べたがすぐにパタッと閉じた。

(無理に決まってるよな・・・)

そう諦めてスマホをベッドの上に投げた瞬間だった。

 ピロンッとLINEの音が鳴り、俺は投げられたスマホを同じようにベッドに飛びついた。

 LINEの通知がロック画面に表示されていた。

「もう少ししたら、一度帰る予定です。予定が決まり次第連絡しま・・・」

全文は表示されていなかったが、俺は見ることもなく返信を打った。

「待っています。本当に待っています。早く帰って来てください」




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