第3-34話 容姿端麗
あの火災から一週間が経過した。
あれから一週間はバタバタと忙しい日々が続いた。
高度救命処置を危険の伴う場所で行ったことについて、案の定消防局からも地域管理病院のドクターからも突っつかれた。「事実確認がしたい」とはいうものの、実際には前例のないことへの迫害だった。
それでも敷島の俺達だけが孤立したわけではない。あの現場にいた者達が庇い、囲い、守ってくれた。俺が実際に目にすることはできなかったが、指揮隊長も大川救助隊長も相当抵抗してくれたらしい。
その声は、あの現場に居た者だけではなく、他隊の職員や消防局の職員のなかからも理解者が現れ、事はあまり大きくならずに済んだ。
それでもなんとなくグレーに均衡が取れていた消防局内に一線が引かれたのは明らかだった。保守派か過激派か。どこにでもあるような対立がここにきて激化していることは確実だった。
それでも当の本人達はそんなものを気にするつもりはない。しかし、周りが「過激派」と呼べば、それが事実になってしまう。俺達のなかでは「気にしない」という立ち振舞いが唯一できる抵抗だった。
江尻のPTSDに関しても動きがあった。「事を大袈裟にしないで欲しい」という本人や鈴木隊長の意向もあって、それが正式に問題視されることはなかったが、それは「しばらくの間、敷島小隊を増員する」という形で落ち着いた。
つまり敷島小隊に一人追加されて五人になる。とはいえ、そこにあてがわれるのは下馬評の良い「優秀な職員」ではなく、「都合の良い職員」があてがわれた。
「よぉディー、久しぶり」
まもなく、出張所に増員される人間が決まった。
初勤務の朝、駐車場から出張所庁舎への道すがら、俺は後ろから声を掛けた。
男は振り返ると、小さく会釈した。
「遅刻癖は治ったか?」
立ち止まったその男を抜き去りざまに、たっぷりと蓄えた腹の肉を強く掴んだ。
「ウゥッ」
容赦はしない。痛いように掴んでいる。
「相変わらずふてぶてしいなぁ」
あえて外見でモノを見て言う。
「浅利大」と書いて「アサリマサル」と読む。ほとんどの職員はこの若者のことを名前を言い換えて「ダイ」と呼ぶ。
俺だけが「ディー」と呼んだ。それは「ダイ」の略であり、その肥えた容姿から連想するものの頭文字を取った。一方的な見方ではあるが、それが俺なりの親しみだった。
「ちょっとは騒ぎも収まったか?」
浅利は本署から異動させられてきた。こないだまで本署にいた浅利は、本署や局での動きを知っている。
「まぁぼちぼち収まってきましたが、相変わらずアンチがいることは確かですよ」
浅利は皮肉っぽく返した。
「そうか。まぁいいけどよ」
俺は自分から聞いたくせに大して興味はない。
「だから、派遣されるのが俺なんかなんじゃないですか」
「あぁ・・・つまり目には目をってことか?」
「いや、歯には歯をっすね」
俺は満面の笑みで返した浅利を睨みつけた。
どういうわけか浅利は上からの評価が良くない。俺から見ると、贔屓目に言ってもコイツは頭が利く。それも勉学や成績の問題ではなく、いわゆる「地頭が良い」というやつだ。にもかかわらず、評判が良くないのは、まるで若手消防職員とは思えない恰幅の良さからなのか、そこからくる態度が悪そうな容姿なのか、はたまた遅刻癖なのか、俺には明確な理由が分からなかったが、こちらとしてはありがたい。こうしてここ敷島に派遣されたりする。
「まぁしばらく頼むわ」
「ムラさんやエジさんの頼みですから」
俺と浅利は以前、一緒に勤務していた。入職五年目になる浅利が新人の頃、一緒に本署で勤務していた。つまり、俺が救助隊の頃の姿を知っている。そして、俺が救助隊を離隊したときのことも知っている。俺にとっては、江尻や石田よりも古い関係ではあるが、かといって同じ部隊で勤務していたわけではないから、なんとなくお互い薄い部分で繋がっているような関係だった。
佐原が来たとき同様に、浅利の入隊は滑らかに進んでいく。
消防車の仕様が本署とは異なるためそれらを説明したり、管轄の案内のためにドライブに出かけたりした。
鈴木隊長と浅利に面識はなかったが、決して「馬が合わない」というようなことはないと踏んでいた。そもそも若手職員に過度な興味を持たない鈴木隊長は、相変わらず指導育成に関してを俺に一任した。
唯一、浅利の初勤務で鈴木隊長のテンションが上がった瞬間は、趣味を聞かれた浅利が「ギャンブルです」と答えた瞬間だけだった。敷島出張所にギャンブルを嗜む職員は二人しかいない。鈴木隊長と仲宗根だけ。小隊内に同じ趣味の隊員ができたということへの喜び方は大袈裟だった。
夕方になって俺達は訓練をすることにした。
浅利の実力に関しては概ね理解している。技術力は高い。くわえて知識力も五年目職員にしては充分だと評価していた。それでも圧倒的な弱点がある。それは体力だ。
それはもちろん擁護できる部分ではない。だが別に問題視する部分でもない。そんなモノは他の隊員で補えば構わないし、これから鍛えてやればいい。
今日のところは簡単な救出訓練と体力トレーニングで勘弁することにした。
それと同時並行で江尻の回復プログラムにも取り掛かる。PTSDが改善されたとはいえ、完治したかどうかは俺にも分からなかった。現場でかかり得る過度な重圧に備えて、少しずつ対策を講じていく。
そうして何事もなく浅利の初勤務は終わりを迎えた。
初勤務が終わる頃には、全員が浅利のことを「ディー」と呼ぶようになっていた。
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