第3-32話 全員救助
江尻は小さく言った。
「行きましょう」
「どういうことだ!」
俺は言葉少ない江尻に噛みつくように返した。
「進みましょう。確かに二次崩落の危険性は拭えませんが進みましょう」
俺は事の真相を聞き出す時間がなくて江尻に食ってかかった。
「信じていいんだな?」
「はい」
江尻の小さくも強い声がやたら自信ありげに聞こえた。
「では、進行する!このまま突っ切るぞ!」
俺がカミシロさんを抱え込み、石田と仲宗根がバックボードを掴んだ。
ゆっくりと怯えるように進行すると、前にあるはずのない壁が姿を現した。
「エジ・・・ダメじゃんか・・・」
俺が怒りと絶望を交えて声に出したが、江尻の表情は一向に変わらない。
「いえ・・・」
江尻がそう言った瞬間、壁の向こうから声がした。
その声は騒がしく、何を言っているのかハッキリ分からなかった。
ところどころ「ムラ」や「エジ」、「待ってろ」や「どかせ」などという声を拾った。なかには「救助隊」や「第二小隊」などという単語まで聞こえた。それだけで、外で起きていることが理解できる。江尻がトボトボと目を丸くして返ってきた理由が分かった。
「ここだ!ここにいるぞ!」
俺は大きく声を出した。
「ここが一番薄い!ここの瓦礫をどかしてくれ!」
必死になって叫んだ。外にいるのが誰かも分からずに叫び続けた。
ガラガラと外側から崩される音がする。少しずつ瓦礫がどかされ、わずかに差し込んだ光が強さを増していく。
穴が大きくなっていき、ちょうど拳サイズの穴が出来上がったとき、俺が外に向かって手を出すと、握手するように掴まれた。
「もう少しだ、もう少し待ってろ!必ず助ける!もう少し待ってろ!」
その手は強く強く俺の手を握り締め続けた。
通した手の周りがどんどんと崩され、向こう側が見えた。俺の手を握っていたのは、救助隊の大川隊長だった。
人一人分の大きさの穴が開けられ、俺は一旦下がった。
「では、カミシロさんあなたから!」
女性は石田に誘導されながら、小さな開口部に頭を突っ込んだ。女性が出切ると、光の向こうから突っ込まれた手が見えた。
「次は、ササキさん!」
俺がそう言うと、江尻が外に向かって大きく合図した。
「バックボード出ます!」
江尻と仲宗根が協力し、バックボードが外に出される。
「仲宗根、先出ろ!」
促すと、仲宗根はバックボードと一緒に上半身を突っ込んだ。仲宗根が引きずり出されるように光の中に消えていくと、また同じように手が差し伸べられた。
「イシ、先行け!」
石田は言い終わる前に手を掴んだ。
「エジ、ありがとうな」
俺は光に消えていく石田を見つめたまま、江尻に向かって拳を突き出した。江尻はトンっと拳を合わせると、俺が言うまでもなく先に光に突っ込んだ。
江尻が脱出し終え、俺が差し伸べられる手を待っていると、光の中から先ほどとは違う手袋が差し出された。
俺はそれを強く握りしめると、一気に光に向かって頭を突っ込んだ。
外では、鈴木隊長が引っ張り上げてくれていた。
「おかえり」
この男から発されるその言葉が、妙に暖かく刺さった。
「ただいま戻りました」
結局、俺達が引っ張り出されたとき、建物の北側には全隊が集結していた。全員が集合し、俺達の救出支援に当たってくれた。そこには指揮隊長もいて、めずらしく指揮隊長自ら前線で活動していたらしい。
要救助者の男性、ササキさんは即座にドクターヘリで運ばれていった。搬送時には状態が回復していたものの、意識を取り戻すほどではなく、話をすることはできなかった。石田はドクターヘリに収容される最後の最後まで、ササキさんの手を握り続けていた。
もう一名の要救助者、カミシロさんは清水救急隊によって搬送された。搬送される直前にわざわざ俺のところまで来てくれた。何度もお礼を言う彼女に、俺はひたすら謝り続けた。セオリーで言えば、カミシロさんだけでも先に救出するべきだったところを付き合わせてしまった。そのことに少なからず罪悪感を感じていた。
全ての救出活動が終了し、消火活動に移行していくが、敷島小隊だけは任務をあてがわれなかった。
鈴木隊長は指揮本部に呼び出されている。俺は消防車の脇で座り込んでいた。石田や江尻は救出活動で使った資器材を撤収している。
二人をぼんやりと眺めていると、後ろからペットボトルの水を頭からかけられた。俺は驚いて振り返ると、それは大川救助隊長だった。
「現場で必死に戦ってるのはお前だけじゃない」
上から見下されながら放たれたその言葉には棘があるように感じた。
俺は反射的に謝ろうと思って居直った。
「あ、いや、その・・・す」
大川救助隊長は俺から目線を逸して遮った。
「どんなに厳しい状況でも妥協しないで、いまある力でなんとかしようと思う気持ち、その心意気・・・グッときた」
俺は驚いて固まった。
(あれ?褒められてるのか)
「俺達も忘れちゃいけないな・・・北側の進入口が崩落したとき、そこにいた全員がなんとかしようと必死になっていた。この規則主義社会であんな光景見たの、いつぶりかな」
俺は改めてゆっくりと居直った。
「あ、いえ・・・あのとき、隊長が南側で活動されてたとき、”北側にはシキシマがいる”って思っててくれたんですよね?自分は勝手にそう思い込んで活動してました。多分、鈴木隊長も同じだったと思います」
「フッ、思い上がるなよ?」
俺は照れ笑いで返した。
「でもな、元上司として言っておくぞ?失敗したら元も子もないからな?」
「はい。肝に銘じます」
大川救助隊長はゆっくりと背中を見せながら戻っていった。俺に赤服を見せつけるようにゆっくりだったが、それでも嫌な気持ちにはならなかった。
確執があった大川隊長からの言葉は心に響くものがあった。
自分を含めてこの場にいる全員が危ない橋を渡ることになったことは理解している。それが一か八かの賭けであることも理解している。それでも、ときには賭けをしなければ助けられない命があるのも紛れもない事実だ。
そこから目を背けることは簡単だし、この仕事ではいくらでも言い訳がきく。「危なかったから」「前例がない」などとでも言っておけば大抵のことは責任を逃れられる。言い方は悪いが、逃げ道はいくらでもある。その上で立ち向かう心に賛同してくれた仲間達に敬意を感じた。
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