第3-31話 狭窄解除
「エジ・・・お前・・・」
江尻はガッと勢いよく面体を外した。「フー」と威勢よく深呼吸をすると、満面の笑みで答えた。
「いやぁ、遅くなってすみません!さすがになんも見えないと時間かかりますね!」
そう言いながら目にグルグル巻きにした養生テープを剥がし始めた。
(さっき"ビリビリ"と音がしていたのはこの音だったのか)
「おま・・・それで入って来たのか?」
「はい!どうせ中は煙で見えないし、熱さとか危険なものは感覚で分かります。面体の視界潰しての検索活動なんて、何回訓練してきたと思ってるんですか!」
江尻は自信満々に答えた。
「ルートは二人のガイドロープを辿ってきただけだし、なによりもナカソネが目になってくれましたから!」
俺は驚きながらも笑った。
「バーカ、遅せぇよ」
彼は彼なりに工夫した。自分のトラウマに立ち向かった。負けないように、挫けないように、なんとかして編み出した答えだった。この奇想天外の発想を、誰も止められる者はいなかったのだろう。
確かに江尻の言うとおりだ。おそらく一階は煙が充満していてほとんど視界はない。なによりも必要とされているのは温度や空気の流れを感じる感覚だ。彼はそれを証明してきた。
「ナカソネ、よく来てくれた」
「正直、初めてでしたよ・・・屋内進入なんて。しかもバディは訳わかんないことしてるし」
仲宗根は苦笑いで答えた。
「でも・・・エジさんがずっとブツブツ言い続けてたんです。”待ってろムラ、待ってろイシ、アイツら俺がいないとなんもできないんだから”って」
仲宗根が楽しそうに話した。
「てめぇ・・・」
俺が江尻を睨みつけて、全員が笑顔になった。俺達もササキさんやカミシロさんも。
「さて、では救出にかかるか」
俺の言葉に全員の表情が引き締まった。
俺達が粛々と準備を進めていると、ササキさんが天井を見上げながら呟くように言った。
「すごいなぁ、君達は。本当に、さっきまでそこらへんにいる若者のように見えていたけど、今はもうヒーローに見える」
それぞれが手を動かしながら耳だけを傾けた。
「・・・ナカ・・ソネくんだっけ?」
「ハイ!」
「話は聞いているよ。この街随一の救急隊員さんなんだって?」
仲宗根は俺と石田を苦い顔で睨んだ。それでもすぐに居直って返事した。
「ハイ!」
「君に任せるよ。私ももう一度息子たちに会いたい・・・」
「はい。必ず生きて帰りましょう」
「では、ただいまから狭窄解除救出活動を開始する。除去にあっては、エジとイシ。解除後に俺が要救助者を引き出す。ナカソネは高度救命処置を準備。エジとイシは救出完了次第、AEDを貼ってくれ」
それぞれがサムズアップと返事で返した。
「それでは救出開始!上げろ!」
合図とともに江尻と石田が柱を持ち上げた。
俺はすでに要救助者を引っ張っている。
ササキさんにかかったテンションが開放された瞬間に手前側に思いっきり引き出す。
「ナカソネ、観察!」
ササキさんは眠るように意識を消失していった。
「静脈路確保します!輸液実施!」
仲宗根が一人で黙々と作業をこなしていく。
江尻と石田は仲宗根の邪魔をしないようにAEDパッドを貼り付けた。
「ムラさん、総頚動脈とってください!」
俺は言われるがままに触知した。
「触れない!」
「AEDショックしてください!エジさん、心臓マッサージ準備!」
「了解!」
それぞれが仲宗根の指示で動いた。
石田がAEDのショックボタンを押した。ドンッとササキさんの身体に電気が流れ、俺がすかさず総頚動脈を触知した。
「触れる!」
そう言って顔を上げたときには、仲宗根の静脈路確保は終わっていた。
(いつの間にやったんだ・・・)
驚いている暇はない。
「搬送開始してください!」
仲宗根の合図で全員が準備した。
俺は無線を送る。
「進入村下から敷島小隊長、要救助者救出及び高度救命処置完了!搬送開始します!」
「敷島小隊長、了解!」
「先頭は石田!後ろに仲宗根、バックボードを引いてくれ!俺はボードを押しつつカミシロさんを補助する!エジは石田に掴まっとけ!」
バタバタと指示を出す。
石田が先頭をきって部屋を出ようとすると、江尻が止めた。
「大丈夫。もう大丈夫」
江尻は面体を持ちながら言った。
「エジ、無理すんな」
「いえ、もう大丈夫です。イシ、お前はササキさんに付いててやらないと。俺は大丈夫、俺がシキシマの道を切り開きます」
前を向いている江尻の表情は見えなかったが、口調からして察した。心拍数がまったく上がっていない。
(コレは大丈夫なヤツだ)
まるで、ササキさんの狭窄解除とともに、また別のモノも一緒に解けたようだった。
「分かった・・・では、一気に駆け抜けるぞ!」
俺達は少しずつ煙が流れ込む地下を必死になって走った。
階段をゆっくりと上がると、地下とはまるで別世界の灼熱の空間が待ち受けていた。初めて屋内進入した仲宗根にとっては驚くべき光景だろう。
「大丈夫!これなら通れる!とにかく姿勢を低くして!」
江尻が勇気づけるように声を掛けた。
俺は瞬時に空気呼吸器を下ろし、防火衣の上衣を脱いでカミシロさんの上から被せた。
(熱ちぃ)
石田もササキさんに同じことをした。
コンクリートが熱せられた輻射熱のせいで、目に見える炎以上に熱さを感じる。
(煙も流れていない、この階がフラッシュオーバーすることはないだろう)
俺達は距離感も忘れ、ひたすらに進み続けた。
「あと二十メートルです!」
石田が叫ぶ。
(コイツ、この期に及んで数えてたのか)
俺が関心した瞬間だった。
ドーンという音という崩れる音が進行方向の先から聞こえてきた。
俺の予測は的中した。この階ではなく、二階が爆発を起こした。
先頭の江尻が止まる。
「ちょっとここで待っててください!」
江尻が一人で確認に向かった。
俺達は一旦停止した。崩れたということは二次崩落を起こす危険性がある。一度地下に戻って他の退路を探すか。このまま崩落した入口方向に進むべきか。
(どうする・・・どうする・・・)
石田が俺を見つめたが、目が合うと逸した。きっといたずらにプレッシャーを与えないためだろう。
(戻るか?でも戻ればきっとササキさんは助からない。でもこのまま進めば全滅する可能性がある・・・どうする・・・)
迷った俺が、判断を下そうとした瞬間、江尻が戻ってきた。
江尻は何故かトボトボと戻ってきた。
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