第3-29話 前線判断
「進入村下から敷島小隊長、要救助者二名発見、地下階段から約三十メートル南側へ進行した部分、これより観察する、どうぞ」
そこには太い柱が腹部に乗っている男性とそこに寄り添う一人の女性がいた。二人とも意識がある。男性の腹部に乗っている柱も動かせないものではないようだ。俺と石田、それからこの女性に手伝ってもらえば動かせるかもしれない。
「消防隊です。いまから助けます」
俺がそう言うと、女性は分かりやすく安堵した。
俺が全体像を見計っていると、さっそく石田が柱を動かそうとした。
「イシ、待て!動かすな!」
「え?」
理由は言わなかった。
下敷きになった男性をそのままに二人から情報聴取を始めた。俺は身をかがめて男性に近付いた。
「敷島消防隊の村下といいます。お名前を教えて下さい」
「ササキといいます」
「下のお名前は?」
「ヒトシです」
石田も同じように繰り返す。
それからひととおり必要な情報を集めた。
男性、ササキヒトシ、五十二歳、腹部狭窄、意識レベルクリア。女性、カミシロアカネ、三十三歳、受傷なし。
一見すると、狭窄さえ解除できれば大きな問題は発生していないように見える。多少の擦り傷はあるものの他に重要な障害はないように思えた。だが、俺の中ではどうしても拭えない一つの懸念があった。
「ササキさん、下半身の指先に感覚はありますか?」
「少し痺れてますけど、あると思います」
そう言って足を触るフリをした。
「今触ってんのわかりますか?」
実際には触れていない。
「はい。わかります」
感覚が乏しい。
本来なら逆で確認する。触れながら「触れてるの分かりますか?」と聞く。しかしこの切迫した状況で肯定的質問をすると、人は必ず「ハイ」と答えてしまう。その答えは信憑性に乏しい。つまり、この男性の容態も心理状態も正常ではない。
(おそらく、下半身の血流が悪くなっている・・・)
「ムラさん、早く堆積物を除去しましょう!」
「いや、待て!」
石田の焦りに女性までもがつられた。
「消防士さん、早くどかしてあげてください!ずっと苦しそうなんです!」
「いえ、ちょっとお待ち下さい」
(コレ・・・前に見たことがある・・・)
石田は俺が違和感を抱いていることに気がついた。
(狭窄されてる人としては反応が良すぎる。バイタルも安定、会話もはっきりしている、何かおかしい。重いものが乗っかていれば人はもっと苦しむはずだ。男性の反応からして感覚が鈍くなっている。
「ササキさん、柱が倒れてきたばかりと今ではどちらが痛みを感じますか?
ササキさんは考えるようにしてぼんやりと答えた。
「最初の方ですかね。今はなんだか痛みに慣れてきたような感じです」
「カミシロさん、どちらの方が痛がっていますか?」
「最初の頃のほうがうめいていたような気がします」
決めた。
「イシ、一旦退路を確認しよう」
そう言って石田を部屋の外に連れ出した。
「クラッシュシンドロームだ・・・」
クラッシュシンドロームとは長時間にわたって身体の一部分が何かに挟まれることによって起こる血管障害である。
「クラッシュ・・・聞いたことはあります・・・」
「あぁ前に一度見た。あれ、狭窄を解除した瞬間に落ちるぞ」
俺はあえて辛辣に言った。
「落ちる?」
「あぁ、実際には血中のカリウムが一気に流れ出すとかなんとか言うけど、それだけじゃなくて、いまは挟まれていることによって止まってる出血が、一気に流れ出して低血圧を起こすというケースも考えられる。詳しいことは、俺にはわかんねぇ・・・でもなんか嫌な予感がする」
「ということは・・・?」
「あぁ」
俺はニヤリと無線器に手をかけた。そして石田は目を細めた。
「進入村下から敷島鈴木隊長、ナカソネに替われますか、どうぞ」
「敷島鈴木、了解」
「敷島救急仲宗根です、進入村下士長どうぞ」
「進入村下から各局、252情報送る、252二名、五十二歳男性、腹部に狭窄あり、重量物推定三百キロ、解除にあっては資器材不要、人員のみで対応可能、なおクラッシュを疑う、AED及び高度救命処置を要すると判断、もう一名、三十三歳女性、受傷なし、現場に救急救命士を要請する、以上」
間髪入れずに無線を送る。
「進入村下から敷島救急仲宗根、こちらに来てもらいたい、どうぞ」
無線に即答がないことは分かっていた。おそらく騒ぎになっている。進入してきた建物北側入口付近でも、この無線を聞いているはずの指揮本部でも。
俺は要救助者二人のもとに戻った。
「敷島救急仲宗根から進入村下士長、それは現場で静脈路確保を行うということですか、どうぞ」
「それ以外に救命士を呼ぶ意味があるか、どうぞ」
無線交信がぶつ切りに途切れる。
「指揮隊長から進入村下、現場で高度救命処置をさせることはできない、以上」
それには無視した。
「進入村下から敷島鈴木隊長、救急救命士の要請及び空気呼吸器の残量が少なくなってきたため補充を依頼したい、なお搬送についても”引きずり”ではなくバックボードに固定して搬送することとしたいがいかがか、どうぞ」
それにも即答がなく、決めあぐねている様子が分かる。
「指揮隊長から進入村下、繰り返す、現場で高度救命処置をさせることはできない、以上」
重ねて念押しの無線が飛んでくる。
「敷島鈴木から進入村下、どうやって進入させるか、どうぞ」
やっとまともな答えが返ってきた。俺はニヤついた。こうなればこっちのもんだ。
「仲宗根だって消防士です、屋内進入の心得くらいあるはずです、防火衣はそこらへんにいくらでも余ってますよね、どうぞ」
俺はあえて皮肉を込めて言った。
「分かった、俺のを貸す、しかし一人で行かせるわけには行かない、それにこの火災の中に本署隊を同行させるか、どうぞ」
「いやいや、そこにはもう一人行けるヤツがいるでしょう、どうぞ」
「フッ、わーった、以上」
無線越しにニヤついたのが分かった。
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