第3-28話 庇い方
石田と二人で進入する。
北側の建物一階部分には、ほとんど燃え広がっていなかった。防火区画によって隔てられた南側と北側では燃え広がり方が違う。
熱気もここまでは届いていない。とはいえ、おそらくこの上の二階は火の海になっている。密閉度の高い耐火構造により熱が伝わりにくいだけで、いつまでもこの状況が保証されているわけではない。
それ以上に気になったのが、爆発により損傷した躯体の強度だった。空気ボンベを吸う呼吸音のあいだに「ポロポロ」という音が聞こえる。もちろん燃焼しているのだから少なからず発生する音だが、その音がやたらと俺を急かせた。
「イシ!早くしろ!」
その言葉の浅はかさにすら気付かない。
そもそも俺が焦っている根本的な原因は、もっと違う部分にある。この建物内部の環境ではない。この火災の発展状況でもなければ、レスキュアーが二人しかいないことでもない。
単純に、ここに江尻がいないことだった。もちろん石田のことを信頼していないわけではない。それでも、「ヤツがいたら」というまったく無意味なタラレバが俺を異様な形に変えた。
建物に入って右回りで壁伝いに五十メートルほど行くと地下につながる階段がある。俺達はその情報どおりに進行した。
「そろそろ五十メートル来たんじゃないか?」
なかなか辿り着かない階段。
「俺達、通り過ぎてないか?」
何度も石田に話しかけたがいまいち返答が弱い。
それでもゆっくりと前に進んでいくと、俺の安全帯に繋がった確保ロープが引かれた。このロープが引かれるということは、俺と石田の間合いが変わったということだ。
俺はてっきり石田が何かを発見したものと思い込んだ。
「何かあったか?」
石田は黙っている。
「どうした?」
俺は振り返りきらずに聞いた。それでも返答は返ってこない。
「なんだ?」
多少怒りを込めながら聞くと、石田が突っ立っていた。
「どうした?」
近付きながら同じ口調で問いただした。
「・・・さん」
「ん?」
石田の面体を覗き込むと、石田はこちらを睨みつけていた。
「ムラさん!しっかりしてください!」
「あん?」
思わず喧嘩腰で聞き返した。
「自分のこと見てください!」
「は?」
「エジさんがいなくて不安なのは分かりますけど、自分のことちゃんと見てください!」
そんなつもりはなかった。だが、言われてみれば、進入する前から石田の姿形を見ていない。他のことに気を取られ、まったく視界に入れてなかった。
(いや、もうお前は俺が見ててやらなくても・・・信用してる)
思ったことを口にしようとしたが、咄嗟に留めた。
(違う。そういうことじゃない。石田が言いたいのはそんなことじゃない)
「わりぃ・・・」
(俺は部隊活動をしていなかった。エジが居ないなら居ないなりにするべき活動がある)
「ムラさん、ずっと一人で動いてますよ」
「わりぃ・・・」
「エジさんを庇うのは、あなた一人じゃないです!」
俺は言葉も出なかった。こんな歳下にリスクマネジメントについて説教されている。
「自分も、鈴木隊長も、本署の人達も!みんなで庇えばいいじゃないですか!」
俺は吸い込んだまま止まっていた呼吸を吐き出した。
「そうだな・・・悪かった」
そう言うと面体越しに笑顔が見えた。
「いえ!いま、だいたい四十メートルくらいです」
俺はもう一度驚いた。
「どうして分かる?」
「進入したときから、歩数を数えてました。一歩が約五十センチで、いま八十二歩なんで、あと二十歩くらいです」
(コイツ、突き抜けたな・・・)
俺自身、そんな距離の測り方を教えた覚えはない。どこからか学んだのか、自分で考えついたのか分からないが、彼の成長した洞察力に驚いた。
「ありがとう・・・イシ」
「ムラさん、救助隊ではエースがだったかもしれませんけど、シキシマにエースはいないんです」
そう言って石田は五十センチを測り始めた。
そこからちょうど二十歩進んだところに、階段を発見した。
階段を降りると、地下には煙が充満していた。見た目では立っていられないほど熱気が広がっているように見えた。
(あれ?熱気がない・・・)
「ムラさん・・・これは・・・」
「あぁ、燃焼による煙じゃない・・・コンクリートが破壊された粉塵だ」
地下には火も煙も広がっていない。
「これ、爆発で躯体が崩れたんだ・・・」
俺は無線器に手をかけた。
「進入村下から敷島小隊長、情報送ります、建物地下到着、建物地下はコンクリート躯体が崩落している可能性があります、これより検索を開始します、どうぞ」
「敷島小隊長了解、崩落の危険に注意し、躯体を確認しながら進むこと、どうぞ」
「階段付近の躯体に損傷は見られません、破壊による粉塵が充満、確認しながら進入します、どうぞ」
「分かった、気をつけろよ、以上」
俺はくわえて石田に指示をした。
「イシ、壁体を確認しながら南側へ進む。面体を着けてると声が通らないから、面体を外して呼びかけろ。吸気のときだけボンベの空気を吸え。呼気は検索コールと一緒に吐き出す。粉塵を吸い込まないように”インテークオンリー”で行くぞ」
俺はいち早く要救助者を見つけ出したかった。面体を着けているとなかなか声が通りづらい。この広い施設のなかで端から端まで検索していては時間がかかる。要救助者がいることが確定しているなら、わざわざこちらから迎えに行かなくても、見つける方法はある。
「消防隊です!いたら叫んで!」
俺達は廊下を進みながら叫び、耳を澄ませ、目では壁体の確認をした。呼びかける時に空気に曝されることを利用して室内温度も確認する。
全ての感覚を研ぎ澄ませる。音、感触、見た目、空気の流れ。全てを漏らさぬように感じ取る。くわえて石田は歩数も数えている。
廊下の両側の各室を検索していく。
「六十歩目」
石田が約三十メートルを知らせたときだった。
「こっちです!」
俺達は急いで声の方に向かって走った。
声のする部屋に入ると、そこには崩れた柱の下敷きになっている要救助者がいた。
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