第3-27話 局面指揮

 俺達が到着した北側からは、出火箇所である南側の様子が分からなかった。建物自体が大きくて北と南では百五十メートルほども離れている。

 出火箇所は一階のはずなのに、北側から見ると二階のほうがよく燃えていた。おそらく二階部分に燃えやすいものが多く収容されていたのだろう。二階を伝って燃え広がった炎は北側の一階をも飲み込もうとした。

 建物南側では救助活動が展開される。つまりは放水はしない。この北側は排気口に設定されるだろうことを予測して、敷島小隊は警戒放水を配備した。

「エジ、イシと一緒にホースラインを作ってくれ!俺は中継体制の逆伸張をする!」

現場周辺を確認し終わってから下命すると、それはすでにできあがっていた。

「もう、完了してます」

(早いな・・・コイツ、こんなに動きが良くなったのか)

「了解、じゃあ、エジは逆伸張にあたってくれ!イシは警戒放水体制!」

俺が「じゃ」と発音したときには、俺の思惑通りの方向に二人が動き出していた。

(コイツら、予んでやがる)

「イシ、南側の救出が終わったらすぐに放水するだろうから、構えとけよ!」

そう指示したが、これも必要なかった。


 「敷島江尻から敷島村下士長、ホース逆伸張完了、木浜水槽2放水はじめ、どうぞ」

ホースカーを引いた江尻が、消火栓に部署した本署第二小隊と合流した。

 まもなく敷島小隊と本署第二小隊の中継体制が完了するときだった。

「指揮隊加藤から各局、追加252情報、建物地下部分に二名ある模様、合わせると建物二階部分に三名、地下に二名あるとのこと、繰り返す、建物二階部分に三名、地下に二名あるとのこと、以上」

「木浜救助隊長から指揮隊長、救助隊にあっては現在二階部分への進入に難航しているため転戦不能、どうぞ」

立て続けに情報が無線で送られてくる。

「指揮隊加藤から各局、追加建物情報、建物地下へのアプローチにあっては南側は延焼拡大のため進入不能、北側対応部隊により対応されたし、以上」

要するに、指揮隊も救助隊も他の消防隊も南側で大忙しというわけだ。

「敷島小隊長から指揮隊長、建物北側部分の局面指揮にあっては敷島小隊長が執る」

このオヤジの声はいつだって、俺達を勇気づける。きっと指揮隊もこれを見越して対応依頼をかけた。

 そのなんとも心地よい間は、まるで事前に決められていた演習訓練のようだった。

「敷島!第二!一旦集まれ」

拡声器によって敷島小隊と本署第二小隊に集合がかかる。

「橋下隊長、俺が中隊長でええか?」

中隊長とは、複合部隊の隊長のことをいう。

 これは質問だったが、実際には質問なんかではない。聞き方からして反論の余地もない。

「任せますよ、スーさん」

とはいえ、決して橋下隊長にも異論はない。穏やかに一任した。

「それでは活動方針を示す。この中隊は建物北側より地下へ屋内進入する。進入隊は敷島!敷島小隊は進入準備、本署第二小隊はまず情報収集にあたってくれ!関係者から地下へのルートを聞き出してこい!それと救急隊をここに一隊呼んできてくれ!橋下隊長は指揮無線統制の補助を頼みます!それでは各隊、かかれ!」

静止していた全員が蜘蛛の子を散らしたように動き始めた。

 全員の気持ちが高揚し一つにまとまっているのを感じたが、俺だけは一つの懸念を抱えていた。

(誰を進入させるか)

結局、心の中で迷った挙げ句、三人での進入に決めた。

「イシ、一番長い確保ロープを設定してくれ!それから警戒放水用のホースを屋内進入用に切り替える!長く伸ばせるようにしておけ!」

「エジ、ハリガンを持て!それからエンジンカッターも準備!」

 指示を飛ばしながらも江尻の動きを横目で確認した。動きが早い。

(よし、これならいける!)


 本署第二小隊の情報収集により、地下室へのルートは確認できた。

 石田と江尻が資器材を準備し、屋内進入の準備が整った。

 工場倉庫の入り口に全員が集まる。

「それでは活動指示をする。進入隊にあっては敷島小隊の三名、確保ロープを取り付け、屋内進入ホースを携行、ただし水は極力使うな。どうしても進路に支障がある場合にのみ放水すること!要救助者二名を発見次第ホースを放棄し緊急救助に切り替え!本署第二小隊にあっては機関送水員を配置、RIIT及びバックアップの準備!」

俺達はボンベの残圧を報告し活動時間を算出した。

「活動時間にあっては二十五分!面体着装!」

鈴木隊長の指示で面体に手をかけたときだった。ふと顔を上げると江尻の動きが止まっている。

 江尻は瞳孔を開いたまま固まり、堪えるように歯をむき出しにして強く噛み締めているのが見えた。

(これが・・・PTSDか・・・)

俺は咄嗟に反応した。

「進入隊にあっては二名で行います!」

そう言いながら、持ちかけた自分の面体を投げ捨て、同じく江尻が持ちかけた面体を平手ではたいた。

 そのまま江尻の防火ヘルメットを平手で上にしゃくり上げると、防火ヘルメットは地面に転がった。

 本署第二小隊の隊員が驚いているのが見えたが、気にもとめずに江尻の顔面を両手で挟んだ。

「エジ!エジ!・・・江尻!」

ハッとした江尻の瞳孔が元に戻るのが見て取れた。

「エジ!確保ロープ、頼む!」

そう言って、本署第二小隊の隊員が持っていたロープを江尻に持たせた。

「エジ、頼む・・・」

それがせめてもの気遣いだった。そんな言葉しか出てこなかった。

「ムラ、二人で大丈夫か?」

鈴木隊長の質問に頷いて答えたが、実際はまったく大丈夫ではない。レスキュアー二人で要救助者二名を救出するのは限りなく現実的ではない。ましてや、目の前に行ってその状況に出くわすのと、はなからその状況のつもりで向かうのとでは全然違う。




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