第3-26話 爆発炎上火災

 ベルトループにベルトを通すと、普段よりもキツく締め込んだ。

 それが覚悟というつもりはないが、なんとなく左から四番目を選んだ。

 交替も点検もいつもどおり。挨拶も変わらない。雑談にも影響しないし、仕事の流れはいつも以上にスムーズだった。

 それは江尻も石田も他のみんなも同じで、鈴木隊長にあってはいつも以上にゆったりと動いた。

 江尻がこの休みをどんな気持ちで過ごしたのかは知らないが、表情からして自分から切り出すことはないし、俺や鈴木隊長から切り出すこともない。つまり、次の火災出動が江尻にとってのターニングポイントになる。

 そのことに関して、変に覚悟を持つことも身構えることもしない。俺達に必要なのは、今ある力を使って人を救うことだけ。被害を最小限に抑えるだけ。それ以外に何もない。


 「ポー、ポー、ポー、、、火災指令、工場倉庫、入電中」

昼食が終わったばかりの敷島出張所に火災指令音が流れる。

全員が身構えた。それでももう騒ぎ立てることはない。いつも以上に冷静に動いている。

 「ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、、、火災指令、工場倉庫、現場、木浜市若生一三一六番地、加賀産業廃棄物業者、第一出動、木浜指揮1、木浜救助1、木浜水槽1、木浜水槽2、木浜はしご1、清水はしご1、富岡水槽1、柳水槽1、敷島水槽1、木浜救急1、富岡救急1、敷島救急1」

誰も余計なことを喋らない。淡々と目の前の仕事をこなした。

 防火衣を着装し、消防車に乗り込むところで止まった。

 俺は言葉もなく江尻が乗り込むところを見つめた。

 江尻も後部座席のドアの前で立ち止まると、少しだけ笑った。


 緊急走行中の消防車内に指令センターからの無線が響く。

「指令センターから、木浜市若生、工場倉庫建物火災出動中の各隊へ一方送信、現場は指令同番地、工場に隣接する倉庫から出火、建物2/1、252は複数名いる模様、建物一階にて爆発が発生したとのこと、爆発の原因は不明、なお、当該施設は現在稼働中だった模様、以上」

「聞いたか?」

鈴木隊長の確認に全員が大きく返事した。

「爆発ってなんですかね?」

石田が投げかけた。

「産業廃棄物業務…爆発…粉塵か?」

俺はキーワードを拾い集めて推測した。

「稼働中ってことは従業員が多数いる可能性がある。二人ともショートピックアップの可能性を考えとけ!」

そう言いながら、バックミラーで後部座席を見ると、空気呼吸器を着けている江尻が明らかに動揺しているのが分かった。

「エジ」

返答がない。

「エジ!」

江尻は驚いて空気呼吸器のボンベを消防車の窓ガラスにぶつけた。

「ゆっくりでいい。ちゃんと着装しろ」

その言葉からしばらく無言が続いた。

 先着した富岡水槽から無線が入る。

「富岡代行指揮隊長から各局、建物一階部分から出火、二階部分へ延焼拡大中、現在252確認中、なお爆発の原因は鉄粉による粉塵爆発と推定、機器類稼働停止済み、大規模火災となるため第二出動を要請します」

「隊長、どうしますか?」

「何着だ?」

「おそらく・・・三番目かと」

「エジ、富岡は建物のどっち側についてる?」

「富岡は建物の南側に付いてます」

「じゃあ二着が富岡に中継するだろう、ムラ、北側に回り込め」

そう言うとその旨を無線で送った。

「敷島小隊長から指揮隊長、敷島小隊にあっては建物北側に直近します、どうぞ」

「指揮隊長、了解」

活動がだんだんと見えてきた。

 富岡小隊が南側に付いたということは、この火災は建物の南側から出火している。もちろんそこが一番ホットな場所であることは間違いないが、南側で発生したということは北側に要救助者が避難している可能性がある。

「富岡代行指揮隊長から各局、252情報送ります、従業員五名の安否が確認できていないとのこと、なお建物南側二階部分に逃げ込んだ可能性があるとの情報を聴取、以上」

すかさず救助隊から無線が送られる。

「木浜救助隊長から指揮隊長、当隊は建物南側に直近する、なお清水はしご1も同様に着車されたし、どうぞ」

「清水はしご1、了解」

「指揮隊長、了解」


「まもなく現着する」

言わなくても分かる。それでも全員のスイッチを入れるため言葉にした。

 隊長が息を吸い込んで止めた。何かを言おうとしている。

「みんなよ・・・」

一度全部吐き出した。もう一度大きく吸い込む。

「それぞれ思うとこはあるだろうけど、それはあくまでもこっちの事情だ。要救助者には関係ねぇ」

小さな声だったはずなのに全員に聞こえた。まるで周りの音が小さくなっているかのようだった。

「エジ・・・」

「ハイ!」

江尻は前かがみになって返事した。

「安心しろ、俺が引きずってでも連れて行く」

全員から笑みが溢れた。

 火災現場で笑うなど不謹慎極まりない。それでも、何を言われてもこの戦い方だけは崩せない。

 問題とは、ときに一言で片付いたりする。




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